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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|47ページ/140ページ|

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 陸軍十等兵達は、一斉に斬りかかった。罪人達は、陸軍十等兵達に抱きつき、動きを止めようとした。それに対し、陸軍十等兵は、罪人に斬りつけ、体から剥がそうとした。しかし、首を落とされても、上半身と下半身が切り離されても、ハルに近づけないようにする罪人の動きは緩まなかった。
 しかし、罪人達の思いとは裏腹に、陸軍十等兵達は着々とハルの元に近づいていく。
「ハルの首取ったり」
 ハルの側まで近づいた陸軍十等兵は、勝ち誇った顔をしながら剣をハル目がけて振り落とそうとした。
「姉御には指一本ふれさせねぇ」
 そう言いながら、罪人の一人がハルの上に覆い被さり、その背で剣を受けた。
「あ……ぎゃぁ!」
 悲痛なうめき声をあげる罪人。しかしその顔には笑みがこぼれていた。
「おうよ。天使共の思い通りにはさせねえぞ」
 次々にハルの上に覆い被さり、その度に陸軍十等兵達の剣を受けた。
 罪人達の捨て身の守りでハルの体は全くの無傷だったが、次々に増えてくる陸軍十等兵達を前にして、次第に追い詰められてきた。
「リンさんよ。このままじゃ埒があかねぇ。何か手はねぇか」
「歌だ! 姉御が歌ってくれた歌。覚えてるだろ? それをみんなで歌わねぇか? よく分かんねぇが、歌ったら何かが変わるような気がするんだ」
「理屈じゃねぇ何かが歌にこもってる……そういうことかい?」
「そんなことどうでもいい。歌うんだろ? つべこべ言わずに歌おうぜ。何を歌う?」
「あれだ。今の姉御に丁度いいあの歌。俺が先に歌うから続けて歌え! 何度も聴いたあの歌だ」
 リンの先導により、皆で合唱することになった。芸術の素養なんて全くなく、母親から子守歌さえ歌われたことのない者達である。しかし、ハルを助けるために無我夢中だった。
「私は何故生まれたの?
 いつも私に問いかけた」
 リンが歌い始めた曲は、ハルが圧縮地獄で消滅を思いとどまらせるために歌ったものだった。
「おお、あの曲か。それだったら俺も覚えている」
 圧縮地獄で四日間歌い続けたハルを皆思い出していた。まさか自分が歌うことになるとは。そんな思いを巡らせながら歌い始めた。

「私は何故生まれたの?
 いつも私に問いかけた。
 私が息を吹きかければ
 空舞う鳥が地に落ちた
 私が大地を踏みしめれば
 地に生える草木は枯れ果てた。

 私は何故生まれたの?
 いつも私に問いかけた。
 私が朝目覚めれば、
 母が私を見て嘆いてる。
 私が夜寝ようとすると、
 父が私の死を願ってる。

 でも私はいつも思う。
 神様は私を作ったの。
 意味があるから作ったの。
 きっと何かの役に立てる。
 じゃなかったら、
 神様は私をつくらない。

 だから私は生き続ける。
 石を投げられたって
 蹴られたって
 死んじまえと言われたって
 何が何でも生きてみせる

 私が世界の役に立つまで
 私が生きた意味を知るまで
 それが私の誓いなの

 私の生の誓いなの」

 歌詞を作ったハルの思いに、罪人達のハルを思う気持ちが乗った。無骨な罪人達が歌う旋律は、同じように無骨で、お世辞にも綺麗な音色とは言えなかった。しかし、優しさに溢れていた。
 自分達の歌に、また自分が浄化される。そして、その浄化された魂が更に優しさに満ちた歌を生む。
 罪人達は、自分のどす黒い魂の中から、一筋の光を見出した。歌によって、その光が次第に強く輝くのを実感した。自分のことを救いようのないクズだと思っていた罪人達にとって、自分を肯定するものを見付たことに驚きを隠せなかった。自分は生きていいのか? 存在していいのか? その答えの欠片を見付けたのだ。
 ハルを助けるためにとった行動が、自分を救う結果になった。これもハルが作った歌によるもの。救うつもりがまた救われた。ハルの溢れんばかりの愛を受け取り罪人達は涙した。
 陸軍十等兵達は、罪人達が何の前触れなく歌い始めたことに驚き、一時攻撃の手を緩めた。しかし、職務遂行に支障なしと判断し、再度攻撃態勢をとった。
 罪人を斬りつけようとする陸軍十等兵。すると、罪人に近づく程に、今まで感じたことのない違和感を感じた。それは、薄汚く汚れた服を纏い、醜く歪んだ顔をしているはずの罪人達が、次第に美しい姿に変わってきたことにあった。表情も凛々しく、どこか気品すら感じさせる。
 陸軍十等兵達は、天使として経験が浅い故に、他者に対して容赦なき攻撃を行うことをためらった。しかし、薄汚く卑劣なことを好む罪人達を相手にすることによって、そのためらいを軽減し、戦闘訓練としての効果を上げようというねらいがあった。
 罪人達は、必死にハルを守ろうとするあまり、自分達の変化に気付かずにいた。しかし、相対する陸軍十等兵達には明らかな変化として、目に映ったのである。
 薄汚く醜い存在ではなくなった罪人達を前に、天使は自分の取るべき行動を見失ってきた。
「戸惑うな! 目の前にいるのは紛れもなく罪人である。この世に害を為す存在なのである! 害虫を駆逐するのが我らに与えられた職務である!」
 一人の陸軍十等兵が叫ぶと、その言葉に呼応するが如く、皆罪人達に襲いかかった。切り刻まれる罪人達。それにもかかわらずハルを全力で守ろうとする罪人達。陸軍十等兵達は、罪人を斬りながら、一貫してハルを守るその姿勢に動揺するようになってきた。
 罪人が自分の苦痛を犠牲にしてまでも仲間を守ろうとしている。それも、一切のためらいをもたずに。その瞳には、憎しみの欠片もない。むしろ満足な笑みを浮かべている。
「愛だ……」
 一人の天使が攻撃の手を緩めながら呆然と呟いた。まさしく自己犠牲。自分を犠牲にしてまで貫こうとする愛。本来天使が追究すべき永遠の命題を罪人達が体現しようとしている。何も語らずとも、その気付きは陸軍十等兵達に広がっていった。
 そして、この愛に類する行動の根源はその魂にある。魂が目覚めたからこそ、目に見える姿を変えたのだと気付くまでに時間はかからなかった。
「姉御! 目を覚ましてくれ! 帰ってきてくれ!」
 リンは叫んだ。ありったけの心を込めて、ハルの魂を揺さぶるが如く。気持ちを込めて相手にぶつければきっと届く。そのハルの言葉を信じて。
 必死になって周りが見えなかった罪人達。しかし、ふとした拍子で我に返った罪人の一人が周りを見渡し、思わず呟いた。
「天使共が……攻撃してこねぇ」
「何?」
 皆一斉に周りを見た。確かに罪人達を見つめてはいるが、どの陸軍十等兵も剣をだらしなく下ろし、立ち尽くしていた。
「どうしたんだ……何かとんでもねぇのが来るのか? インドラか?」
「そんなはずはない」
「だったらどうしたんだ? まさか姉御の言う通り、俺等の気持ちが天使達に伝わっ……た?」
「それより見ろよ! 俺達の体すげーことになってるぞ!」
「おわ! なんか光ってるぞ!}
「姉御! 見てくれ! 姉御の歌が天使達に届いたぞ! 天使だって心が伝わるんだ。なあ、姉御、それでも自分が疫病神だと思うかい? 姉御のお陰でみんな生まれ変わったんでさ。姉御は俺達にとって神様なんだよ! 戻ってこいよ!」