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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|44ページ/140ページ|

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「もう言わなくても分かるだろ? 貴様がいなかったら、今の奴も私に反抗することもなかったわけだ。当然、首を投げられることもなかった」
「だったら私を斬り刻んでください! 他の人を傷つけないで!」
「それはできない。なぜなら、貴様はこの場において何も罪を犯していないからだ。今の言葉も反抗ではなく、単に私に対する懇願だ。そう捉えることにした。罪を犯していない以上、この場で懲罰の執行ができないのだよ。しかし、どうしても私から傷つけられたいのなら、これで私を刺すがいい」
 そう言って、ハルの目の前にナイフを放り投げた。
「そうすれば、明らかな反抗。私が貴様に対し懲罰を執行するに足る事案になる。さあ、やれよ」
 ジャッジは、ハルが人を傷つけられない性格だと分かっていた。だから敢えて、自分を傷つけさせるという方法を突きつけたのである。
「できないのか? だったら、他の奴が傷つけられるのを黙って見ておくしかないよな。それも貴様のせいで傷つけられるのをな」
「どうしてそんなことを……」
 ハルは、ジャッジの言葉に耐えられず、抗議しようとしたが、ジャッジはそれを遮った。
「そういや、他にも私に対して抗議の声を上げた奴がいたよな? 私は君達全ての発言を記録している。それを全て分析し、担当抗弁にあたる発言はどれなのか、既に判断が出ている」
 ジャッジは、エンジェルビジョンを取り出し、それを見ながら、機械的に罪人達の首を斬り落としては、塔の中央に放り投げた。
「やめてください!」
 ハルがジャッジの前に立ちはだかったが、ジャッジの警棒は器用にハルを避け、狙った罪人の首にピンポイントで命中させた。
「あ……あ……」
 為す術なく次々と首が斬り落とされた。ハルは、半狂乱になりながら、ジャッジの足にすがりつき、止めようとするが、ジャッジの手は止まることなく、淡々と作業が続けられた。
「私はあなたの邪魔をしています。担当抗弁です! 私を傷つけてください!」
「貴様は馬鹿か。私の邪魔になって初めて担当抗弁だといえる。貴様が私を止めようとしたところで、私の業務にいささかの遅延も生じていない。よって担当抗弁ではないのだよ」
 担当抗弁だと判断されるか否かは、天使の腹一つ。実は極めて曖昧なものなのである。ジャッジは、ことごとくハルに対して攻撃する大義名分をつくらなかった。ハルにとっての苦しみとは、体の痛みではない。自分のために人が傷つくことであることをジャッジはよく分かっていた。
 自分の存在が他人を不幸にさせる。このことをハルに刷り込ませて、消滅に追い込もうとしていた。
「ハル、貴様は気付いたか? 貴様等がいるこの場所はバベルの塔の丁度真ん中ほどだ。最下部からおよそ四百キロメートルの高さに位置する。そこから頭だけが落とされたらどうなると思う? 落とされた頭は、最下部で粉砕しても、再生はされるだろう、頭だけな。しかし頭と胴体は合体できない。何故だと思うか? 首だけで歩くことはできず、最下部で転がったまま。胴体は、頭がないから胴体の周囲を見渡すことができない。そのため、歩くこともままならず、塔の中央に飛び込むこともできない。つまり永久に頭と胴体は分断されたままこの場に這いつくばるわけだ。すぐに一年たつぞ。そして何もできないままコキュートス行きだ」
 完膚無きまで追い込み、法を遵守しつつも絶望を味わわせる。これがジャッジの獄卒長たる所以である。どんな苦難も乗り越える奇跡を起こしていたハルでさえ、立ち上がれない程の苦痛にのたうち回っている。この様子をトロンとカムリーナは唖然としながら見つめていた。カムリーナに至っては、ポカンと口を開くばかりで、実況することができなかった。
「自殺は忌むべき事だとはいえ、どうしてそこまでハルにこだわるんだ……獄卒長が自ら出向いて難癖付ける程のことなのか?」
 思わず呟くトロンの言葉に、マイクのスイッチを震える手でオフにしたカムリーナが答えた。
「しかし……本当にハルがジブリール様だとしたら、これぐらいの苦難、乗り越えて当然だ」
「それはそうだが……」
 この言葉を最後に、アナウンス室は静寂に包まれた。
 一方、バベルの塔中央では、ジャッジによる追い込みが続いていた。
「罪人共よく聞くがいい。ハルと行動を共にする限り、私は君達に付きまとうことになる。本来なら取るに足らない過ちや、ばれることのないものであっても、私は見逃さず容赦なく罰を執行する。その結果、君達にとって取り返しのことになるのは明白である。ハルは君達にとって疫病神なんだよ。決して救い主ではない」
「疫病神……」
 ハルは嗚咽を漏らしながら呟いた。ジャッジの言う通り、自分は存在してはならないのだと思い始めていた。他の罪人達は、ジャッジの言葉とハルが自分達にしてくれたことを交互に頭の中で浮かべながら、どんな判断をするべきか苦悩した。
「可哀想にマユ。ハルと親友の契りを結んだばかりに、このような目にあって……今頃頭が木っ端微塵になって苦しんでいるだろうな。頭が再生しても、絶対に体は合体できない。制限時間の間に通過できない。そのことに気付いたら、絶望するだろうな。時間が来るまで為す術なくただ痛みに耐えるだけ。ハルと親友になったばっかりにな」
 ジャッジの言葉に耐えられなくなったハルは、泣け叫びながら塔中央の吹き抜けに飛び込もうとした。
「姉御!」
 それを罪人達が、必死に止めた。
「姉御が飛び込んだら、一番下まで落ちてしまう。そこから変態のねえちゃんの頭を持って上がっても間に合わねぇ。もう変態のねえちゃんのことは諦めな。運がなかったと思って諦めるしかねぇ。姉御までコキュートスに落ちる必要はねぇよ」
「いやぁぁぁぁ! 私のせいで落ちたのに! 私だけが助かることはできない! マユちゃんは親友なの!」
「駄目だ!」
 数人がかりでハルを止めようとした。ここで飛び込もうとするのはハルらしい行動だが、あまりにも無謀である。ハルに救われてきたからこそ、ハルには幸せになってほしいと願う罪人達にとって、ハルの行動を見逃すわけにはいかなかった。
 しかしジャッジには、茶番にしか見えなかった。
「罪人共は、ハルに助けてもらいたくて必死に止めている。決してハルのことを思いやってのことではない。ハルが落ちたら自分を守ってくれる人がいないからな。ハルは、親友のマユのことしか頭にない。今まで守ってきた罪人がどうなろうと関係ないと思っているんだよ。人間は何処までに利己的なんだ? 自分の望みが満たされれば他がどうなろうと関係ないんだよな?」
 ジャッジの言葉を聞いて皆黙り込んでしまった。ジャッジの言葉を否定したい気持ちは溢れるほどあった。しかし、一方ではそうかもしれないという思いも頭をよぎる。特にハルについては、まさにジャッジの言うとおりだっただけに、自分のせいでマユを窮地に追い込んだことに加え、自己本位な行動を起こしてしまったことに対しての罪悪感に苛まれた。
 全ての者を絶望に追い込んだジャッジは、仕上げに取りかかった。