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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

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 ダニーの攻撃は、バレーボール大の球を出現させ対象にぶつけるものだった。超高速で放たれるため、通常は誰の目にも触れずに爆発したという結果のみしか確認できないものである。しかし、春江は容易にそれをかわした。
 その様子を見た、壁に陣取る百名あまりいる天使達が一斉に春江に対して攻撃を仕掛けた。ある者は火の玉を、ある者はレーザービームのようなものを、ありとあらゆるものが春江に向かっていった。
 春江は、その様子を確認すると、静かに目を閉じた。その直後、かっと見開き、
「来ないで!!」
 と大声で叫んだ。すると、全ての攻撃がその場で消え去った。
 ダニーを始め、全ての天使がこの様子を見て言葉を失った。罪人ごときが天使の攻撃を全て防いだのだ。しかも傷一つ負っていないのだ。
 天使だけではない。その場にいる全ての罪人も同様だった。天使が弱い訳ではない。天使に絶対服従を誓ってしまう程の圧倒的な力の差を見せつけられた後なのだ。それを軽く覆す現象が目の前で繰り広げられているのである。
 春江の体は、微弱な光で覆われていった。これは威光と言い、魂が磨かれ高まった時にその身にまとうことができるものである。逆に悪行を重ねたり、邪な考えで精神が染まってしまった場合は、魂が穢れ、醜い姿になる。精神の有り様が容姿に直結するのである。
 地獄の罪人の多くが、醜い姿をしているのもそのためである。
 天使の言葉に異を唱えた。その直後に威光をまとった。それは、春江が天使に刃向かうことが肯定されたことも意味していた。
 それもそのはずである。春江の怒りは自分の境遇を不満に思ったものではない。天使対してもっと慈悲深くあってほしいという思いや二人に対する同情からである。そこに自分に対する欲は全くないのである。
 しかし、その思いは天使達、とりわけダニーには届かない。顔に泥を塗られたという思いのみで怒りに震えたのである。
 ただならぬ雰囲気に罪人達は恐れ、開かれた扉の奥に皆逃げていった。
 春江とダニーは、罪人達の動きは意に介さずといった感じでにらみ合いを続けていた。
 ダニーはニヤリと笑みを浮かべると、勝ち誇った表情をしながら春江を見下ろした。
「半端な力をもつと傲慢になる。罪人の分際で天使に刃向かうことがどういうことかその身に刻むがいい」
「刃向かうつもりは初めからありません」
「……その余裕……いつまでもつかな?」
 そう言い残すとダニーは、何かの構えの姿勢をとると、静かに瞼を閉じた。
「ダニー・クルトンの名において命じる。我に眠りし獅子の魂。今こそ目覚め食い尽くせ! 金獅子風流斬!」
 すると、ダニーの体から、青白い煙が湧き上がり、それが獅子の形になっていった。暫くすると、獅子を形成する煙が濃くなり、それに伴って金色に光り輝いていった。
「行け!」
 ダニーのかけ声と共に、金の獅子は春江に向かって駆けていった。
 すると春江の周りで光っていた威光が更に輝きをまして体を包んだ。
 直後、春江の元へ獅子が到達したが、獅子は春江を食い尽くすどころか、体をつかまれ投げられてしまった。
 それを見て、勝ち誇っていたような笑みを浮かべていたダニーの表情が一変した。
「穢れた罪人が……こんなことを……どうして!」
「天使様の大事なお供を……申し訳ありません」
 春江は我に返って、ダニーに謝罪した。自分に危害を加えようとしたとはいえ、生き物を傷つけたことには変わらない。春江にとって、誰かを傷つける行為はいかなる場合においてもタブーなのである。
 しかしダニーの耳には全く届いていなかった。ダニーの頭の中は渾身の攻撃をいとも簡単にかわされたという信じられない事実でいっぱいだった。
 何故穢れた罪人がこんなことができるのか、どう考えても結論がでなかった。そもそも穢れていたら威光をまとうことなんてできない。だとしたら穢れていない罪人ということになる。穢れなき徳の高い魂は絶対に罪を犯さない。そう考えるダニーにとって、春江の存在は捉えることのできないものだった。
「どうして汝はここにいる!」
 そう聞かずにはいられなかった。
「大事な人を守るために……」
「それでは、自分のためではなく……」
 と言いかけたが、
「ダニー様! 次の罪人がもうすぐ来てしまいます」
 壁を固める天使の一人がダニーに言った。
「……そうだな……行き給え……」
 ダニーは釈然としない表情を浮かべながらも、春江を扉の外に行くよう促した。
「はい。失礼します」
 深々とお辞儀をすると、春江は扉の外に駆けていった。
 壁を固める百人あまりの天使は次の職務に就くために消えていった。残ったのはダニーただ一人。春江が出て行った扉を見つめながら呆けていた。
「あれは何者だ……私の理解の及ばぬ存在……絶対に正体をつきとめてやる……」
 屈辱とショックに包まれていたダニーだが、冷静になればなるほど、春江に対する興味が高まった。威光をまとった罪人。自分の攻撃を難なくかわした罪人。今までにないケースである。
 ダニーは、屈辱を上回る好奇心で満たされたことに対して驚きつつ、この欲求を更に満たすために歩を進め、部屋から姿を消した。
 一方扉の奥に進んだ春江は、コロボックルの水に至る道を見つめ、気持ちを新たにしようとしていた。
 春江の目の前は広大な草原の真ん中に一本道があった。罪人達はこの道を規則正しく歩いている。両脇にある草原に踏み入れようとするものなら、即座に六芒星が現れ、天使がその罪人の側による。その天使が鞭や警棒などで容赦なく叩きのめすのである。叩き終わったら、登場時の逆で六芒星にのって上昇と共に姿を消すのである。
 罪人が少しでも間違ったことをすると、天使がすぐに現れ消えていくというサイクルがめまぐるしく繰り返されていた。
 特に道を逆走しようとした罪人に対する仕打ちは酷かった。天使はその罪人の首にロープをかけると、正しい道の方向に罪人を引きずり回した。首つりのような形になるため、罪人は苦しみ悶え、しまいには首がちぎれてしまった。天使はちぎれてもなお引きずり続けた。首がちぎれても死ぬわけではない。そればかりか痛みは持続するため、その苦痛は想像を絶する。
 春江はその罪人のものに駆け寄り力一杯語りかけた。
「大丈夫ですか! 大丈夫ですか!」
 だが、首のない体にいくら語りかけてもどうにもならなかった。春江は言いようない無力感に襲われながら、ゆっくりとその場を後にした。
 首のない罪人に駆け寄った際、歩みを止めたため、天使が春江の前に現れたが、再び歩き始めたため、その天使は何もせず、消えていった。
 春江は足を止めただけでも天使が現れて鞭を振るうんだということに気付いた。でも足を止めずに、道からはみ出ずに歩いて行けば、天使が現れることなく楽に進むことができた。そんな難しいことではなない。しかし、それに背いて天使の責め苦を味わう罪人が何故か多かった。