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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

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「汝等は、既に逮捕、起訴されている。だが、まだ刑が確定していないため、地獄の罰を受けるに至っていない。私は検察官として、汝等が公判手続きを終了し、裁判により刑が確定するまでの道筋を示すものとする」
 にこやかに話す口調は、およそ地獄とは思えないような穏やかなものだったため、皆その表情から緊張が解けた。中には、生前も刑務所にいた者もおり、むしろそこよりも緩いということで笑みを浮かべている。
 その様子をダニーを始め、壁を固める天使達も見逃さなかったが、誰一人それに対して反応を示さなかった。
「そんな難しい話わかんねーよ」
 皆の視線が一斉に集まったその先には、山賊風の格好をしている男だった。
「検察官だが何だから知らねーけどよ。偉そうにするんじゃ……」
 最後まで言葉を発せられなかったのは、男の頭が急に爆発したからである。
「私語を慎み給え。ここでは立場をわきまえるのが、余計な苦を受けずに生きていく秘訣だ」
 ダニーの手には、三十センチ程の木の棒、つまりワンドが持たれていた。ワンドが振りかざす先には山賊風の男がいた。山賊風の男の頭を爆発させたのはダニーであることは誰の目にも明らかだった。
 この瞬間、緩んでいた緊張が一気に引き締まり、ざわつきがピタリと止み、辺りは静寂に包まれた。皆無言でダニーの一挙一動に注目している。
「汝等も気をつけた方がいい。汝等の死後、地獄に堕とされるまでの間、つまり幽霊となって彷徨っていた時は、体が破損してもすぐ再生されたはずだ。地獄においても再生されるのは同様だが、分解された部分が近づき合い、合体するまで体が破壊された時と同様の痛みに襲われる」
 皆、動揺しながらダニーの話を聞いていた。いつあの山賊のように自分がなるか分からない。ただ私語をしただけでこの仕打ちだ。これからどんな責め苦がまっているのか絶望せずにはいられなかった。更にダニーはその絶望をあおることを続けて言う。
「ちなみに、分解された部位が引き合う速さは一分につき一センチ。この者の頭は、一メートル四方に散らばっているな。合体するまで約五十分……その間脳が破壊される痛みに襲われる」
 言われる通り、よく見ると、山賊風の男の頭の肉片がゆっくり動き、一点に向かっている。胴体の部分は痛みのためか細かく痙攣していた。
「さて、もう一つ重要なことを言わなければならない。よく聞き給え」
 ダニーは自分の話をきちんと聞いているのか確認するために、辺りを見渡したが、誰一人ダニーの話を聞き逃そうとしている罪人がいなかった。脅しが利いて余計な手間が省けたということで満面の笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「汝等は罪人である。神の意志にことごとく背き、それでも幾度にわたって正しき道を歩む機会が与えられたにもかかわらず、そこから目を背け、神の慈悲を蔑ろにしてきた。もう汝等が神にすがる資格はない。汝等は最早人間として認められないのだ。汝等下衆に人間としての尊厳をもつことは永久に許されない。もうゴミだゴミ以下だ。存在そのものが恥ずかしい。その下卑た存在である汝等が、神の使いである我々天使の言葉に反論はおろか疑うことすら許されていない。もし我々天使に一瞬でも疑念を抱いた場合は、この者のように完膚無きまでその身が引き裂かれることと心得よ」
 春江は耳を疑った。天使がここまで下品なことを言っているのである。即座に反論したかった春江だが、ショックがあまりにも大きくて言葉が出ずにいた。他の罪人も同様で、天使の振る舞いに驚いたのと同時に、自分の置かれる状況の悲惨さに絶望した。
「さて、前置きはこれぐらいにして、早速本題に入ろう。これから私が示すのは、汝等の刑が確定するまでの道筋である。一度しか話さない故、しかと聞き給え」
 いよいよ刑が執行するまでの地獄の様子が明らかになろうとしていた。
「この扉より奥からが地獄である」
 ダニーは自分の背後にある大きな扉を指さした。
「この扉の奥は、草原が広がるが、道は一つしかない故、迷うことはないだろう。暫く歩くと、湖に行き着く。この湖は「コロポックルの水」と呼ばれ、汝等の内に秘める精神性が透かして見えるようになるものである。次に裁判所にたどり着くであろう。そこで公判手続きを受け、閻魔天により刑が確定する。その後、地獄門を通り、刑の執行が始まることになる。以上である」
「え? それだけ?」
 誰かが思わず呟いた。すると、即座に爆発音が響いた。爆音の先を見ると、女の右半身が砕け散り、残りの左半身が地面にはいつくばり痙攣していた。
「天使に一切の疑問をもってはならないと言ったばかりではないか。汝は学習能力の欠片もないのか?」
 ため息をつきながらダニーが言う。口元は僅かに笑みを浮かべていた。自分に少しでも敵意があるものを完膚無きまで叩きのめすことに少なからず快感を覚えているのかもしれない。
「汝等の中に、私の説明に対して異論がある者はいるか?」
「ありません!」
「ない!」
「ないです!」
 ダニーの言葉に従う旨の言葉を全力で表明した。目の前の惨劇からダニーに抗おうとする者は誰一人いなかった。
「カスが! バラバラに言ったところで私の耳に届くはずなかろうが! もう一度聞く。汝等の中に、私の説明に対して異論がある者はいるか?」
「ありません!」
 皆口を揃えて言った。最早、自分達のことを「カス」と呼ばれても、全く心が動かなくなってしまった。地獄の罪人達はこうやって、自らの存在を蔑み、天使に対して絶対服従をするようになる。ダニーの役目はまさにそこにあった。刑が執行されるまでの道筋を示すというのは建前で、地獄の罪人を入り口のところで従順にさせるのである。
「天使に二度同じことを言わせるとは……何をとってもカスだな汝等は」
 不機嫌そうに呟いたダニーは、空中から現れた羊皮紙を取り出し、罪人達に提示した。この羊皮紙には、天使語で文章が隙間なく書かれていた。
「汝等の返事をもって、「刑事訴訟法第二四条」にある公判手続き説明が完了したとする」
 そう言うと、ダニーが提示した文書の右端の部分に光り輝く印が現れた。同時に、ダニーの背後にある扉がゆっくり開いていった。扉の奥から風が吹いてきた。その風は生温かく、腐臭が鼻についた。遠くから雷の音が聞こえ、うっすら稲光が見えていた。
 春江は、山賊風の男や右半身が爆発した女をじっと見つけていた。春江の心中は、彼らのような目にあったらどうしようという、自分の境遇を悲観した訳ではない。どうして天使がこんな悲惨なことをするのだろうかという天使に対する不信感と彼らに対する同情だった。
 初めは、思いもよらぬ出来事で驚いてしまい、思考が停止してしまった春江だが、時間が経つにつれ、目の前の理不尽さに憤りが募った。それが、扉が開いたのと時を同じくして爆発した。
「ダニー様の説明には同意します。しかし、天使様の無慈悲な行動には……」
 例の如く、言い終わる前にダニーの攻撃が春江に届いた。しかし、春江もそれを予想しており、ヒラリと身をかわした。