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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|35ページ/140ページ|

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「ご名答。ただ、泳がせた方が都合のよい奴もいる。君は、こいつを適切な場所に配置し給え」
 カロルが指した人物は、ハルもよく知る人物だった。いや、知っていたと言うのが正しいだろうか。この人物の正体は後に明かされることになる。
「ジャッジ君……君もこの危険人物にほだされて偽りの正義に心酔することはないだろうね? 君に限ってそんなことはないと信じているが」
「刑務官の本分は、正義の象徴である法を粛々と遵守することにあります。法に勝る正義なんてあるはずもありません。聖人気取りの薄っぺらい正義なんて私が剥いでご覧にいれましょう」
 ジャッジの言葉を聞いたカロルは、ニッコリ微笑んだ。
「その通りだ。頑張ってくれ給え」
 ジャッジは、この言葉を聞いて、用件が終わったと判断し、立ち上がろうとしたが、
「まあそう急くな。かけ給え」
 カロルの言葉で、再度椅子に腰を下ろした。
「現世はどうだったかね? 私は転生の経験がないからよく分からないが……」
「人の気持ちを察する能力が著しく欠けているとの上官の指摘により、転生しましたが、何の役にも立ちませんでした。人間は私利私欲のためには何でもする。情けをかけるに値しない存在だということを再確認しました」
「そのわりには、君自身は非常に情け深い人物だったそうじゃないか」
「その分失望も大きかった。ということです。」
「それでは、人間なんぞに情けをかける必要なんて微塵もないと?」
「その通りです。私の上官の言うことが間違いだったと証明できましたので、その意味においては有意義だったかもしれません」
「その信念を追究するのに邪魔な記憶を消してあるが、見てみるか?」
「いいえ、必要ありません。邪魔な記憶はないほうがいい。それに、転生したことに思い入れなんて全くありませんから、無用の長物です」
「なるほど。私の見込んだ通りだ。人間とは何とも罪深い存在だ。そもそも転生を命じられる魂は元々穢れているんだよ。その穢れを祓うために転生しなくてはならない。しかし多くの穢れた魂は、大なり小なり罪を犯して地獄行きだ……穢れを祓うどころか穢れにまみれて地べたを這う……なんとも愚かな末路だ。我々と根本的に違うんだよ。クズにクズらしい扱いをする。これが我々に求められることなのだ。君もこれに懲りたら、二度と人間なんかに転生しようなんて考えないことだ。魂の格を下げることになるからな」
「肝に銘じておきます」
 終始表情を変えずに受け答えしていたジャッジは、今度こそ用件が終わったと判断し、席を立った。
「それでは、失礼致します」
 ジャッジはカロルに一礼すると、部屋から去っていった。その直後、ドアをノックする音が部屋に響いた。
「入り給え」
 カロルの声に促されて入室したのは、四等刑務官、カミーユ・ロダンだった。
 カミーユは、カロルの顔を見て、一気に血の気が引いた。体を硬くしてブルブル震えている。カロルはその震えを見ながらフッと笑みをこぼした。
「四等刑務官、カミーユ・ロダン君……に間違いないな?」
「……はい……」
 カミーユは、声を震わせながらやっとのことで返事をした。
「君は、ここに何故呼ばれたのか、分かっているか?」
 この言葉を聞いたカミーユは、更に体を強ばらせた。
「いいえ……分かりません……」
「まさか……私に呼ばれたことすらも知らなかったと?」
「……はい……」
 カミーユは、何も用件を告げられずに呼び出された。軽い気持ちで叩いたドアの先に、次長であるカロルがいるなんて想像もつかなかった。自分よりもかなり位が高い天使から呼び出されるのは余程のことだと直感した。
 そこで真っ先に頭をよぎったのが、トロンと共に企てたハルを利用した矯正計画。これは上官等からは受け入れられないであろう計画であり、天使社会には不可欠な上司による決裁を受けずに独断で決行したもの。それをカロルが嗅ぎつけて自分を処分しようとしているのではないか……そういう思いから、倒れそうになる程の緊張感でもってカロルの前に立っているのである。
「カミーユ君? 君の担当は?」
「……圧縮地獄です……」
「そこでは音楽を流すことが流行っているのか? 芸術は魂を向上させるために必要なものだとしても、地獄にそれが必要かね?」
 やっぱりそうだ。想定していた最悪の事態に直面することになる。絶望的な現実を突きつけられることになると思い込んでいるカミーユの顔は、青白い色を通り越して土色になっていった。
「……いえ……その……」
 しどろもどろになるカミーユの言葉を制止してカロルが語り出した。
「責めているのではない。むしろ興味があってのことだ。どんな音楽を聴かせていたのかね? 私にも聴かせてもらいたいと思ったわけだ」
 証拠を押さえられる。カミーユは、ここは知らないふりをした方がいいのか、正直に話した方がいいのか、カロルの話を聞きながら判断しようとしていた。どこまでカロルは知っているのか。それによって話の筋を決めようと思っていた。知らぬ存ぜぬで通すことができるのか、混乱した頭を必死で諫めながら考えていた。
――――待てよ? 処分をする気なら、矯正局の総務課か矯正局局長が動くはずだ。刑事裁判局のカロル様が動くということは、違うかもしれない。別の意図か? いや、そう判断するのは早計だ。トロンは、罪人をいたぶることを中心とした法務省そのものの体制に反旗を翻そうとしているんだ……カロル様が動いても不思議ではない……カロル様は次長だ。ガチガチの体制派……カロル様は何を求めているんだ……
 カミーユは、追い詰められながらも、最悪の事態を回避するために必死で思考を巡らせた。こんな窮地に立たされるぐらいならトロンの申し出を断ればよかったと後悔したが、同時に、断ったところで惰性な生活が待っているだけ。満たされた生活は永遠に閉ざされていただろう。
 安全な道は全く面白味のない人生が待っていて、栄光の道はいつ振り落とされるとも分からない危険な人生が待っている。いずれにしても向かう先は修羅だった。そのことに気付いたカミーユは、いずれを選んでも修羅なのだったら、自分が選んだ栄光の道を進むしかないと、ある意味開き直ることにした。
「お聴かせしたいところですが、何分急な話だったものですからディスクを用意しておりません」
 自分がハルの歌を流したことにはふれず、その上、歌のデータの提出を拒否するにはこのように答えるのがよいと判断した。しかし、そんな浅知恵が通用する相手ではなかった。
「いや、君の管理する圧縮地獄操作盤から歌が流されたという履歴がある。履歴がある以上、そのデータをエンジェルビジョンに転送すればよいだけの話。この意味分かるよな? 操作盤から音声や映像を送信する場合、操作盤のハードディスクに一旦データが保存される。その一時保存のデータを転送するということだ」
「履歴をご覧になられたのですか?」