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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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 マユの言葉を合図にして、三人は階段を上り始めた。
「インドラの矢、第二弾もハル・マユ・スワン組に阻まれた! 言いにくいな……三人の頭文字をとって、「ハマス組」うん、これでいい。ハマス組はスワンの錦鯉結界で難を逃れた!」
「ハマス組? もっといい名前にしてほしいね……」
 トリオの名前に異を唱えるマユに比べ、スワンは
「錦鯉……龍なのに……」
 錦鯉結界だと名付けられたのにショックを受けていた。しかし、ハルとマユから見ると、スワンが出したのはどう見ても錦鯉。何故それを龍だと言っているのか理解できなかった。しかし、そのことにふれてはいけないような雰囲気が漂っていたため、敢えて何も言えなかった。
「ここでハマス組の前世情報が入ってきました。ハルは近代のジパングで紡績会社の社長の娘として生まれましたが、幼くして父親をなくし音楽家として活躍しました」
「社長令嬢だったのか……」
 初めて聞くハルの過去にマユは驚きの声をあげた。
「続きましてマユです。マユは中世のスコットランドでコロンビアート男爵令嬢として生まれ、貴族生活の傍ら占い師としてその名を馳せました」
「お前貴族かよ!」
「何よ! いいじゃない」
「だから高飛車なのか……」
「もう……スワン君も……やめようよ」
 仲間になった三人だが、お互いのことをほとんど知らない。報道官のカムリーナの方が詳しく知っているのは皮肉なものである。しかし、カムリーナの次の言葉は更にそのことを実感させられるものだった。
「最後にスワンです。スワンは……前世がない……ようです。転生経験が全くない模様。天使の職にありながら罪を犯し地獄行き! つまり堕天使だぁぁぁ!」
 スワンは元天使。堕天して地獄に来た。この事実を前に、思わずハルとマユは足を止めた。
「天使……様?」
「ちょっと待って! 天使だったら一緒に行けない。天使から私達がどんなことをされてきたのか、今のあんたなら分かるでしょ? あんたもその一味だったということでしょ?」
「マユちゃん……」
 マユは天使に嫌悪感を抱いていた。ハルもまた、スワンを傷つけるだろうマユの言葉に慌てながらも、否定することはできなかった。
「…………」
 スワンもまた立ち止まり、無言のままマユの言葉に反論しなかった。
「何かいいなさいよ! 言い訳でもしてみなさいよ! ハルもハルだよ。ハルが天使じゃないっていうから信じたんだよ。なのに……」
 スワンはマユの言葉を遮るように話し始めた。
「ああ……お前の言うとおり、俺は人間のことをクズと思うような高慢な天使だった……」
「ほらねハル。こいつ最低な奴だよ」
 マユはハルの手を引いてスワンの元から立ち去ろうとした。
「そうだ! 俺は最低な奴だった! でもそれに気付かせてくれた人がいた……その人の記憶はないけどな」
 立ち止まる二人。先ほどまでスワンに罵声を浴びせていたマユですら話の続きが気になり、次の言葉を待った。
「知っていたか? 自殺は罪なんだ。自殺すると、成仏できない。永遠に現世を這いつくばらなくてはならない。その人は自殺をしてずっと現世に留まらなくてはならなくなった」
「…………」
 ハルも自殺をした。スワンが語る人物と境遇が似ていることに驚きを隠せなかった。
「その人は、自殺者が成仏を賭けた過酷な試練を受けるために俺の前に来た。俺は自殺者のその人を思いっきり蔑んだよ……」
「最低……」
 思わず呟くマユにスワンは悲しそうな表情を浮かべた後、またゆっくりと語り始めた。
「そうだよな……最低だよ。俺の役目はその人と戦闘をすること。だから、その人に自分と戦うように言った……でも……その人は一切俺に手を上げなかった。人を救うために天使になりたいと思っている。だから人を傷つけてまで成仏しようと思わないって言ってた」
 マユは思わず眉をひそめた。どこかで聞いたその言葉……そうハルが圧縮地獄で言った言葉に似ていた。
「俺は信じられなかった。愛の象徴とされる天使でさえ、法の定めるとおり淡々と職務を遂行するのみ。自分を犠牲にしてまで人を救おうなんて思う天使は誰一人いない。俺はその人を見るとあまりにもまぶしくて正面から見ることができなかった」
 マユはスワンの言葉を聞きながら、ハルの顔を見た。圧縮地獄におけるハルの振る舞いを連想したからである。
「今まで惰性に天使の仕事をしていた自分が恥ずかしくなったよ。だから、俺は、天使として誇りをもって職務を全うしよう。そしてこの人を支えていこうと誓ったよ。でも……でも……その人は、人を救うために罪を犯してしまった……地獄行きがほぼ決まったところで、俺はその人を助けた……だから地獄に堕とされたんだ」
 衝撃的な過去に二人は黙り込んでしまった。
「悪法も法なりと言った奴がいたそうだが、まさにそうだ。その人は、目の前に困った人がいたら自分がどんなに辛い目に遭うことになったとしても迷うことなく助ける。法を犯すことになったとしても……正義って何なんだ? 困っている人を見逃して法を守るのが正義なのか? 天使って何だ? 法の奴隷か? 正義を追究したら天使ではなくなるのか? 俺は正義を追究する。法の奴隷なんて死んでもなるものか! だから俺が地獄に墜ちたことは一切後悔していない」
 天使への矛盾に強く怒りをあらわにするスワン。しかし、自分もその天使と同様だった。それが自己否定の刃としてスワンに襲いかかった。
「マユ……お前の言うとおり天使は最低のやつばかりだ。俺もその一味だと言われたら否定はしない。いやできるはずもない。だから俺と一緒に行動できないと言われたらそれも仕方ない。諦めるよ。でも俺は絶対ここを乗り越える。俺はその人と約束したんだ。地獄に墜ちる瞬間にね。俺にすがった泣きすがるその人にね。絶対這い上がってくるからとね。その人の約束を是が非でも守らなくてはならないんだ。そしてまた天使になってやる。あ〜これですっきりした。ハル……マユ……行けよ。俺はもう止めないから……」
「だからって圧縮地獄を破壊するとか無茶しなくても……」
 マユは必要以上にスワンが思い詰めているように見えて思わず呟いてしまった。
「ああ……確かにそうだな。でも、あの地獄は、最後の一人になるまで殺し合いをしなくては通過できないって聞いてな、そんな慈悲もへったくれもないルールに憤慨したわけさ。いかにも天使が考えそうなことだってね。そういうのが一番むかつくんだよ! お前等も殺し合いしたんだろ? よくそんな野蛮なことできるな」
「え? うそ! 殺し合い?」
 びっくりして声をあげるハル。
「私達殺し合いしなかったよ。それに私とハルってば同じ部屋だったし」
「え? マジ? 俺は天使から聞いたんだけど! アナウンスで……だから嘘じゃないと思うぞ!」
「うふっそうだとしても、全員通過という奇跡を起こしたハルの力って偉大だってことだよね。あんたと違って。ハルだったら、危なっかしく突っ走る奴を一人にすることはできないって思うよね? ハル」
「え?」
 スワンは、思わぬ話の流れに言葉を失った。
「もちろん! みんな一緒に通過するぞ! おう!」
「おう!」