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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|28ページ/140ページ|

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 と言いながら、カードを取り出すマユ。愚者のカードの床に叩きつけると、検察官のダニーと下級天使が現れ、憐れもない姿で悶え始めた。
「あ……」
 しまったという表情で固まるマユ。顔を赤らめながら俯いてしまうハル。そして、体中けいれんしながら金縛りにあったように立ち尽くすスワン。皆何も言えずに暫く緊張した静寂が辺りを包んだ。
「マユちゃん……早くカードの中に……」
「ああ……そうだね」
 マユは、ハルの言葉に促され、急いでカードに幻影の天使達を詰め直した。恥ずかしい姿を見られたという思いから、すっかりスワンに対する敵対心が萎えてしまっていた。
「私……マユです。よろしく」
 やけに素直なマユの反応に驚きつつ、スワンもつられ、再度自己紹介をした。
「俺……スワンです。よろしく」
 堅く握手をする二人。紆余曲折あったが、仲良くなった二人に安堵するハルだった。
「結界の雄、ハル・マユコンビにクラッシャーのスワン・ソングが合流した! バベルの塔、最強のチーム結成か?! これに対し天使軍はどのように攻略するのでしょうか! 空軍の最高幹部である幕僚長、インドラ様の沽券にかけてもこの三人を攻略しなくてはなりません!」
 カムリーナは、ここぞとばかり、三人をクローズアップした。インドラの矢を防いだ罪人が三人も集まっているのだ。共同戦線を張ったとなると、これは脅威となる。注目を三人に向けることで、天使達の攻撃が三人に集中するように仕組んだのである。
「また余計なことを……急いで上にいこ! ハル、白鳥君、行くよ」
「うん……そうだね」
 先を急ごうとするハルやマユに比べ、スワンはその場に立ち止まって耳を澄ましている。
「待て! 聞こえる……」
「え?」
 スワンの言葉に促され、二人も立ち止まって辺りの音に意識を集中した。
――――キュイーン……キュキュキュイーン
「これはインドラの矢の前兆……来るぞ!」
 スワンの声に、結界をはろうとすることで応えるハル。しかし、極度の集中力を必要とするハルの結界は連続で作ることができるものではない。目を閉じるという結界前の動きをしただけで意識を失いそうになっていた。
「仲間に入れてもらう手土産ってことで……ここは俺に任せてくれないか?」
 ハルは結界をはることができない。だから、スワンが結界をはる役にまわる。ごく当たり前の思考だが、それはスワンにインドラの矢をしのぐ実力があってこそ成立することである。スワンの実力をまだ目にしていないハルとマユだったが、緊張の欠片ももたずに結界役をかって出たスワンの姿には強い説得力があった。
「じゃあお手並み拝見といきますか。もし少しでも雷が当たったら、叩き落とすからね」
「おう。任せろ。チャラいだけで終わったら悲しいもんな」
 皆声を出しながら笑った。絶望的な攻撃であるインドラの矢を前にして、楽観的な雰囲気が漂っていた。
「インドラ様によるエネルギー充填が完了した模様です。いよいよ来ます。これぞ地獄の真骨頂! これぞ神の怒り! 正義の鉄槌! インドラの矢だ!」
 カムリーナの実況にも熱がこもってきた。
「罪人共よ。調子に乗るな。万が一の奇跡を我が力と勘違いし、驕り高ぶる愚か者よ。如何に畏れ多いことか思い知るがいい」
――――キュルキュルキュルゥゥゥゥ…………ドゴーーーーーーン
 先ほどのインドラの矢よりも豪快な音を立てながら遙か大きな雷がバベルの塔の下部めがけて落とされた。
「おーーっと急がないと、ここまで来ちゃうな」
 と言うと、スワンは、右の掌を胸の前でかざした。すると、掌に鈍い光で六芒星が描かれた。
「出でよ龍!」
 スワンの言葉を切っ掛けとして、掌の六芒星から龍ではなく、朱と白のコントラストが彩り鮮やかな錦鯉が、ピチャピチャ音を立てながら飛び出してきた。
「龍じゃないじゃん。なんか可愛い魚だし!」
「マユちゃん……また喧嘩になっちゃうよ……」
 マユの突っ込みに対して、特に気をかけずにスワンは作業を続けた。
 現れた錦鯉は計四匹。空中を慌ただしく泳ぎ、三人を囲むような形で四方についた。
「龍よ、我らの周りを水で満たせ」
 この声を合図として、錦鯉の口から、尋常じゃない量の水が勢いよく注がれてきた。錦鯉がいる場所を頂点として、強大な水槽に水が注がれているような格好である。水が猛烈な勢いで満たされていく。ハルとマユは自分の首程まで水が注がれた時点で焦ってきた。溺れてしまうのではないかと思ったからである。
「この水は結界だから、息ができる。安心しろよー」
 二人の不安を見透かしたようにスワンが言った。スワンの言葉により安心した二人だったが、目の前にあるのはやはり水である。息ができると言われても身構えてしまう。しかし、実際に頭の先まで水に浸かった後、恐る恐る息を吸ってみると、スワンの言うとおり問題なく呼吸ができる。そうなって初めてリラックスして結界の中に留まる事ができた。
 錦鯉から水が注がれて約十秒。短い時間で注ぎ終えた。スワンは、どうだと言わんばかりの表情を浮かべながら、二人の方を振り返った。
「何勝ち誇ったような顔してるの? これからが本番じゃない」
 マユの言葉にムッとしたスワンだったが、反論できずに黙って前を向いた。
「まあ見てろって」
 そういている間に、枝分かれしたインドラの矢がハル達の前に姿を現した。
――――バチバチバチ
 インドラの矢が結界の中に入ろうとしていた。ハルとマユはハラハラしながら様子を見守っていた。対して、スワンは安心しきった表情でリラックスしていた。
「あっ……」
 ハルは思わず声を漏らした。インドラの矢が結界の中に入ってきたからである。しかし、スワンはそれでも慌てる様子がない。
 その直後、
――――パリパリパリ
「氷?」
 ハルの言う通り、結界の表面が勢いよく凍っていった。しかし、寒くなることはなかった。この結界の水が凍ることで、結界の力がより強固になった。そのため、インドラの矢は結界に侵入することができず、遂には萎み消えていった。
「水は凍る。凍った方が強いに決まっている。単純なことさ」
「おーーー!」
 ハルとマユは同時に驚きの声をあげた。この時ばかりは、マユもスワンの言葉に納得したようである。
「これで、仲間にいれてもらえるよね?」
「ん……ああ、認めてやろう」
 初めて聞く肯定的な言葉にスワンは安堵し、マユに向かって笑みをこぼした。
「まあ仲間は多い方がいいからね。チャラいけど、軟弱な男じゃないみたいだし」
 地獄に送り込まれる罪人の多くは地獄の責め苦に耐えられず、常に叫び声を上げている。そんな中で、三人のように責め苦を当たり前のように耐え、その上で自らの信念を貫こうとするのはごく希だった。そこが、マユがスワンを認めた基準になったのである。
 スワンは、インドラの矢をしのいで、結界をはり続ける必要がないと判断したのか、結界を解く作業に取りかかった。
「龍よ戻れ」
 と言うと、錦鯉達は、空中を泳いでスワンの右掌にある六芒星に帰っていった。錦鯉を頂点にした直方体の中に満たされていた水は、錦鯉が持ち場から動いたと同時に音を立てながら左右に流れ落ち、消えていった。
「さあ、先を急ごうか」