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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|26ページ/140ページ|

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 マユは半ば強引にハルの手を取り、階段に駆けだしていった。まだ迷いがあったハルだが、マユの行動に押されて無意識に駆けだしていった。ハルはマユの手のぬくもりを感じながら、思いが定まった。前に進もう。どんな困難があるか分からない。でも後ずさりすることなく前に進もう。マユと一緒だったらできそうな気がした。難しいことは、その場で考えればいい。そんな楽観的な考えにもなれた。
 この二人の行動を見ていたのか、
「その行動は、踏破する誓いを立てるということだな?」
 とアナウンスが響いてきた。それに対して、二人は即答した。
「はい!」
 すると、二人の右腕に腕時計のようなものが取り付けられた。その時計には、364:23:59と表示されていた。二人は一年がリミットだということと、この時計の表示から、残された時間だと理解した。
「ハル! 急ごう!」
 タイムリミットが表示されることにより、時間内に通過しなくてはならないことが嫌でも意識させられた。そのため、自然と急いで上らなくてはならないと思わされた。
 お互い何も言わず全速力で階段を駆け上がる二人。いつ遭遇するか分からない天使の影に身構えながらも先を急いだ。
 しかし、一向に天使と出会わない。身構える余り強ばっていた顔をしていたが、拍子抜けしたように首をかしげながら互いに顔を見合わせた。
「マユちゃん……天使様……いないね」
「そうだね。今日は実戦訓練していないとか……」
「だったらいいね!」
 緊張がとけたのか、笑顔を交わしながら語り合ったが、二人の期待は次の瞬間あっさり打ち崩された。
「ぎゃーーーー!!」
 黒こげになった罪人達数十名が、塔の中央から落ちていくのが見えたのである。
 バベルの塔は、塔の中央が吹き抜けになっていて、壁際に階段がある。階段から足を踏み外したら、最下段まで落下することになる。黒こげになった罪人はハル達よりも上の段から落ちてきた。いや、落とされたと言った方が正しいだろうか。
 ハルは、思わず、下をのぞき込んだ。そこには、最下段の床に叩きつけられて粉々になった罪人達がいた。ハルは、悲惨な目に遭っている罪人達をその目に刻みながら、何もできないもどかしさをぐっと堪えることしかできなかった。
 次に、こんなことになったはどうしてだろうと、上を見て確認しようとした。そこには、茶褐色の顔をして、深紅の髪と髭を携えた巨人が塔の中央で宙に浮いていた。
「罪人共よ、よく聞け。私の名は、国防省空軍幕僚長、インドラである。貴様等の穢れた魂を私の雷で焼き尽くしてくれる。覚悟せよ」
「何? インドラだって? 何者だよそいつ!」
「何か髪と髭が赤色だったよ」
「化け物じゃん! ていうか、天使ってどうしてあんな偉そうなの? 焼き尽くしてくれる! だってよ」
 悲惨な目にあった罪人達に心を痛めた直後だったが、インドラの口真似をするマユに思わず吹き出してしまったハルだった。これからインドラの攻撃が襲ってくるというのに、二人には全く危機感がなかった。
 暫くすると、インドラの腕の周りに巨大な鉄板で作られたパーツが次々に組み込まれ、次第に何かの機械が形成されてきた。インドラの身長は三十メートル程で、かなりの巨人である。しかし、インドラの腕に作られた機械は、その身長をはるかに超えた大きなものだった。
――――キュイーン……キュキュキュイーン
 奇妙な機械音を立てながら猛スピードで何かの機械が組み上がっていった。機械音がなくなった頃、その機械の全貌が明らかになった。それは、長い銃身が印象的な巨大な兵器だった。
 インドラは腕に巨大な兵器が完成したのを見届けると、ニヤリと薄笑いを浮かべると、
「インドラの矢を受けよ」
 と言い放った。同時に、銃身が鈍く光り、巨大な雷が塔の中央を落ちていった。その強大な雷は、二人の目にも映った。
「こわ! かなりでっかいね」
「うん……でも私達には当たらないね」
「あんな偉そうなことを言っていた割には、私達に当たんないんだから……なんか笑えちゃう」
 しかし、その後、最下段に落ちたインドラの矢と呼ばれる大きな雷が花火のように散り、それがあらゆる場所に注がれた。まるで散弾銃のように隙間なく放たれたインドラの矢は、バベルの塔に上ろうとしている全ての罪人に襲いかかった。
 ハルやマユも例外でなく、飛び散ったインドラの矢が大きなうねりとなってハルとマユに襲いかかった。
 ハルは、以前ダニーや壁に陣取る天使達の攻撃を防いだ時のように、静かに目を閉じ、気持ちを整えた後、かっと見開き叫んだ。
「来ないで!」
 今度はマユも守らなければならない。それ故に、発せられた念はあの時とは比べものにならない程強かった。
 ハルの言葉をきっかけにして、ハルとマユの周りに透明の幕のような壁が形成された。半円状のドーム型をしているその壁は、いわゆる結界というものだった。
――――バチバチバチ
 インドラの矢が、ハルの結界に衝突し、激しい音を立てながら進入しようとした。しかし、ハルの結界はインドラの矢が進入しようとそればするほど、まばゆく光り、更に強固なものになっていった。
 ハルでさえもこのような結界をはることができたことに驚きを隠せなかった。ましてやマユは、ハルの隠れた能力にふれ、ハルは一体何者だろうかという疑問が募る一方だった。
 ハルやマユはこのようにしてインドラの矢をしのいだ。しかし、他の罪人は誰一人としのぐことができなかった。それ故に、あらゆる場所から
「ぎゃーーーー!」
 という叫び声が響いていた。
 インドラの矢がバベルの塔の隅々に至るまで暴れ回った後、音もなくすっと消えていった。雷鳴と叫び声から一転、辺りは静寂に包まれた。
「ハル! さっきの何? 凄いね!」
「え? あの壁のこと? ……無意識に……マユちゃんを守らなきゃって思ったら……」
「無意識でできるものなの? 私できない……」
 マユを守らなければならないという強い思いがなし得たことか、それとも、ハルの潜在能力が引き出されたのか、この瞬間は誰にも分からないことだった。いずれにしても、この力はこの地獄を通過するのに役立つものだということは、ハルもマユも理解することができた。
 しかし、この結界をはるには、並々ならぬ集中力と念が必要であり、いつでも気軽にできるものではない。そのことは、結界を解いた後、ハルの呼吸が荒くなり、苦しそうにうずくまっている様子から一目瞭然だった。
 ハルの体調を整えなければならないことから、二人は暫くその場に腰掛け、体を休めた。次、いつインドラの矢がくるか分からない。でも、今の状態で警戒態勢をとるのは無理があったのである。
 そんな状態で、階段の途中でゆっくりしていると、バベルの塔入り口でこの階層の説明を行った無機質なアナウンスとは違った声が聞こえてきた。
「あーあーマイクテスト。マイクテスト。私の名は、現世救世局、四等報道官、カムリーナ・ブックマンです。実戦訓練を行うのは何も国防省の軍人だけではありません。私もこの現場の実況を行うことで、報道の訓練をさせていただきます。というわけで罪人の諸君、よろしく!」