小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|25ページ/140ページ|

次のページ前のページ
 

第6章「激闘!バベルの塔」



「ハル! 何してたの? 遅いよ!」
 マユの声が辺りに響いた。予想通りの言葉にハルはホッとしながら、マユに微笑み、
「マユちゃんが急に消えたから、圧縮地獄に残ったのかと思って心配したよ」
 と言った。
「そんなはずないじゃん。出るといったら出るの。前言撤回するほど優柔不断じゃないよ」
 言われてみればそうだ。マユの言葉に納得するハル。それを見たマユは心配してくれたハルを愛おしそうな眼差しで見つめるのだった。
「どんなこと思い出したの?」
 ディスクの内容を聞こうとしているマユだった。その目は好奇心で満ちていた。
「私の夫の記憶……私のために……私のことを思って言ってくれた言葉……」
 胸に手を置きながらしみじみと語るハルを見て、マユも胸が熱くなった。マユにはハルのように絆を深めた相手がいない。常に妄想の中にいたマユにとって生身の人とのつながりは羨ましいことだったのである。しかし決して嫉妬することなく、むしろ自分の事のように喜ぶことができた。
「よかったね! いい記憶が戻ったんだね」
「うん。マユちゃんは?」
「私はね……」
 例のフジョシタロットを取り出した。それを見たハルは反射的に顔を背けた。
「もう! いい加減慣れてよね。中の出さないから安心して」
 この言葉に安心したのか、ハルは恐る恐るカードに再度目を向けた。取り出したカードは「女司祭長」ハルを模したカードだった。
「私、今まで占いのやり方忘れていたけど、思い出したんだよね。いつでも占いができるよ!」
「えー凄いね!」
「えへ。早速やってやるね……ってカード2枚しかない」
 タロットカードは大アルカナと呼ばれるカード二十二枚と、小アルカナと呼ばれるカード五十六枚でワンセットである。最小でも大アルカナ二十二枚ないと占いが成立しない。しかし、マユは、ダニーのカード「愚者」と、ハルのカード「女司祭長」の二枚しか持っていない。占いが成立するには程遠いのである。
 がっくりうなだれるマユの肩にハルはそっと手を置いた。
「これからゆっくり作っていこうよ。完成したら占ってね」
「……ディスクくれる人も意地悪だよね。カード持っていないこと分かっていてこれだもんね……天使って性格悪いんだから! 根暗よ根暗! きっとそう!」
 ハルは否定も肯定もできず、苦笑いするしかなかった。
 思ったことを口に出すことで落ち着いたのか、マユには周りを見渡す余裕が出てきた。ハルもマユと同じく無言で辺りを見渡した。
 ここは、圧縮地獄を脱出した先。新たな地獄である。辺りを警戒しながら、どんな地獄なのか探ろうと観察を始めた。
「うわーどこまで続いているのかな?」
 ハルば上を眺めながら呟いた。ここは底面半径三十メートル程の大きな煙突の中のような場所だった。その煙突のような壁が、遙か上空まで続いている。頂上が見えないほど上まであるのである。その壁にへばりつくように螺旋状の階段がずっと続いていた。また、最下部にあたるこの場所には、マユやハルが出てきた扉の他、合わせて十個以上の扉があった。
「もしかして……この階段をずっとのぼって上までいけってこと?」
 マユは呆然としながら呟いた。この推測が本当だったら途方もないことをやらなくてはならないことになる。何百段何千段か分からない程の気の遠くなる階段を上ることを指すからである。
 そんな疑問を知って知らずか、近くにあるスピーカーからアナウンスが流れてきた。
「罪人の諸君。ここは、圧縮地獄二五一号室から三百号室までの通過者を対象とした無限階段地獄第六号である。見ての通り、永遠と続く階段がこの地獄の特徴であり、俗に「バベルの塔」と呼ばれるものである。諸君等も知っての通り、バベルの塔とは、地上を我がものとし、神をも超越した存在になろうとした人間の奢りを象徴する建物である。また、この人間の奢りを正すために神の鉄槌が下ったことも記憶に新しい。この神の鉄槌と言うべき、天使のあらゆる刃が諸君等に降りかかることだろう。諸君等に鉄槌を下すのは国防省の軍人達を始めとした武官である。実戦訓練の一環として諸君等に刃を剥くことになる。そのため、諸君等はこの地獄においてのみ天使に刃向かうことが許される。むしろ刃向かわないとこの地獄を通過できないものと心得よ」
 天使と格闘することになる。階段を駆け抜けることの困難さ以上にこのことが一番この地獄のネックになるだろう。二人は単純すぎるルールをすぐに理解した。そして同時に、この地獄を通過することはかなり難しいだろうと予感した。それに、ハルは人を傷つけることができない。ハルにとってこの地獄は圧倒的に不利になる。そう思いながらマユはハルを見つめた。
 マユの予想通り、ハルは何も語らないまでも、この地獄を通過することはかなり難しくなるだろうと実感していた。それでも、前に進もうと腹をくくった。
 そんな心中を察したマユは、ハルを見つめていた視線を階段に向け、ゆっくり口を開いた。
「私は最後までハルと一緒にいるからね。友達だから」
「マユちゃん……私……頑張る」
 そんな友情を育む会話の最中、それを邪魔するように、続きのアナウンスが割って入ってきた。
「注意すべきは、この地獄を通過するのに制限時間があることである。バベルの塔、五百万に及ぶ階段を一年で踏破せよ。もしそれが適わぬ場合は、罰として、虚無地獄よりも遙か深い場所に位置するコキュートスに落とされる。この地獄を通過すると誓っておきながらそれを実行できなかった事は裏切り行為だと解釈されるためである。しかしながら、踏破することを誓わずに、再度圧縮地獄に戻るも、諸君等の眼前にあるコンピューターで消滅の道を選ぶも諸君等の自由である。さあ選択せよ。そして行動せよ」
 これを聞いたハルは泣きそうな顔を浮かべていた。天使を傷つけなければ先に進めない困難さに加え、制限時間もあるのである。それを超したら罰まである。ハルはどうにかして時間をかけてでも通過しようと思っていた。でもそんな悠長なことを言っていられないのである。
 それに今はマユと行動を共にしている。自分が失敗したらマユも同様に失敗することになるのである。このことがハルの判断を迷わせることになった。
「マユちゃん……」
 不安そうに見つめるハルにマユは笑顔で返しながら、どうすればよいのか思案していた。圧縮地獄ではハルに勇気づけられた。ハルのお陰で前に進もうと思うことができた。今度は自分がハルを救う番だという思いに駆られていた。
「ハル、どうするの? 引き返す? 消滅する?」
 ぶっきらぼうなハルの言葉に触発されたハルは、
「そんなことしない! 絶対ここを通過する!」
 と鋭い目つきで階段を見つめながら言い放った。しかし、その瞳の奥には、不安が入り交じっている。
「うん。じゃあ行こう!」