天上万華鏡 ~地獄編~
ハルは、この憐れな霊達を救うために、この神仙鏡を奪うことになった。これら一連の出来事を目の当たりにしたハルは、映像が終わっても身動きができなかった。
自分が犯した罪。それは自殺と神仙鏡の盗難。自殺は愛する軍人のためにやったこと。盗難は、憐れな霊を救うためにやったこと。全て人を救うためにやったことだった。この事実はハルにとって自らに対する自信を高めることになった。
私利私欲のためにやったのではないのだ。人を救うためなのだ。むしろ、罪を犯すことを恐れ、これらを見逃すことこそがハルにとって忌むべきこと。罪を犯すのはよくなことで地獄に墜ちることは仕方がないにしろ、自分の行動に納得ができた。
この自信は自分が存在し続けることの肯定につながった。自分はこのまま生きていいのだ。世界のために消えなくていいかもしれない。
ハルは、曇っていた心が次第に晴れていくのを感じた。晴れた先に見据えたのは、次の地獄に至る扉であった。
これまでに二枚のディスクを手に入れある程度の記憶は蘇った。しかしまだまだ自分は何者か分からない。しかし、自分を信じたい。罪人であるが自分は世界の役に立つのかもしれない。こんな自分でも……
そして、胸にそっと手を添えながら、自分の愛したであろう軍人の記憶を何度も繰り返し思い出した。まだ名前も顔も分からないあの軍人。まだ欠片しかないけど大切な記憶。それを大事に包み込むように手を置いたのである。
そして、再度扉に目を遣った。
「いくぞ! マユちゃんが待っている」
この部屋に入ったときは、圧縮地獄に留まっているのではないかと心配した。でも今はそう思わなかった。それは、出会ったときから、マユは自分の手を取って導いてくれた。だから今回も先に進んでいて、「ハル、遅いぞ」と言いながら微笑んでくれると思ったのである。
ハルは、そっと扉に手をかけると、開いた先にあるまばゆい世界に旅立っていった。
作品名:天上万華鏡 ~地獄編~ 作家名:仁科 カンヂ