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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

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 地獄の入り口で検察官であるダニーが話した通り、罪人達の体は一分間に一センチの速さで引き寄せ合い、結合していく。ゆっくりゆっくり動き、結合し合い、ドロドロになっていた肉片が人の体になっていった。
 近くにあるもの同士から結合していくため、再生される部位はまちまちだった。それでも基本的には骨から再生された。
 罪人によっては、指先など、体の端の部分が先に再生完了したものもあった。それらは、激痛に耐えているかのように細かく痙攣していた。
 骨、筋肉、内臓、それぞれがゆっくりゆっくり再生していく。化け物のような風貌になりながら、動きもそれと同じく奇怪なものになっていた。
 ハルは、壁際で再生を続けていた。激痛は当然のようにあったが、必死で耐えた。壁に寄りかかるようにして、再生が完了するのを待っていた。
 圧縮が終わり、罪人達の再生が始まって二十分程が経過した。すると、
「う……う……あぁぁぁ!!」
 という呻き声が聞こえてきた。声帯が再生され、声を出すことができるようになった罪人が現れたのである。この声を契機にして、更なる呻き声が重なるように響き渡り、まさに地獄絵図の様相を呈していた。
 ハルは、肉体が一カ所に固まっていたのか、結合するのが他の罪人よりも早かった。しかし、右腕がまるごと再生されていなかった。再生が完了するとその部位の痛みがなくなるため、痛みはかなり軽減されていたが、それでも、右腕を切り落としたのと同様の痛みはまだ残されていた。
 どうして右腕が再生されないのか、ハルは疑問に思うのと同時に不安に思った。もう、右腕は再生されないのではないかという思いが頭をよぎったからである。
 しかし、その不安は杞憂であった。
「ハルーー。これ、ハルのでしょ?」
 ハルの前には、そう言いながら、ハルの腕をもって近寄るマユがいた。
「ありがとうマユちゃん! ……え?」
 ハルは言葉を失った。それも仕方のないことだった。マユは自らの首を腋に抱えていたのである。当然、首から上は何もない。しかし、マユは顔色一つ変えず、むしろハルに笑みを浮かべながら歩いてきている。
 ハルは、マユの異様な姿に絶句し、後ずさりをした。それを見たマユは、ハッとして語り始めた。
「ごめんごめん。びっくりしたんだね。うんしょ!」
 そう言いながら、腋に抱えている首を元の位置に置き、暫く静止した。
「圧縮が終わったら、体がバラバラに飛び散るでしょ? だから、頭だけ違う場所に行っちゃったんだよね。だから、首を見つけて、こうやってくっつけるわけ。そうすると再生が速いんだよね」
 言い終わる頃には、首がくっついており、完全に再生が完了したマユがハルに微笑んだ。
「ほら。ハルも腕くっつけないといつまで経っても痛いままだよ」
 そういいながら、マユはハルに腕を差し出した。ハルはなるほどそういうことかと納得しつつ、腕を受け取り、くっつけようとした。
「これでいいのかなぁ?」
 不安げに聞くハルに
「あまり強くすると痛いから、そっとでいいんだよ」
 とマユは優しく答えた。ハルは、こんな些細な会話でも胸が躍っていた。まるで友達同士の会話である。気を許しあいながら、支え合いながら歩いて行けそうだという思いでうれしくなった。
 ハルとマユの周りには、再生がまだ完了しておらず、苦しみ転げ回っている罪人がまだ数人いた。それらの罪人を待たずして、あのアナウンスが鳴り響いた。
「今より一週間、圧縮が猶予される。圧縮の間に自分自身に問うた答えを示せ。一週間後、再度圧縮を開始する」
 罪人は皆、奥の部屋にあるパソコンで自らの存在を消すかどうか考え込んでいる。この一週間の猶予は圧縮後の安らぎではなく、重大な決断をするための苦悩の日々なのである。
 しかしハルはそう思わなかった。一週間もマユと話ができる。そんな気持ちでいっぱいだった。
 再生が終了した二人は、罪人達の絶叫を背に圧縮前の会話の続きを当たり前のように始めた。
「どこまで話したっけ?」
 マユは会話を続けようとしたが、前の会話が一年以上前のものであるため、どこから話せばいいのか分からなくなっていた。しかし、ハルはマユとの会話を何度も頭の中で思い出していたため、詳細に覚えていた。
「司祭様と王子様が……あの……それをしている姿を……」
 ハルは一生懸命話そうとするが、内容が内容だけに途切れ途切れに詰まらせながら話すしかなかった。それを見たマユは思わずにやついてしまった。
「ハルって純情? 顔を赤くしちゃってかわいいんだから!」
「もう! マユちゃんがおかしなことを言うからだよ!」
 ハルは、更に顔を赤くして抗議したが、その表情の裏には笑顔が隠されていた。穏やかな雰囲気の中でマユは話を続けた。
「司祭様と王子様との秘め事を妄想してさ、それを口にしたら、側にいた婦人が聞いていたのよ。その場は何ともなかったんだけどさ……」
「どうしたの?」
「噂が立っちゃったんだよ……」
 ひそひそ話になる二人。
「え……」
「不埒なことで頭を埋め尽くされている不浄な子ってね……」
「……不浄……な……子」
「うん。不浄な子って言われ続けて、しまいには略して不浄子……フジョシって言われちゃった」
 マユは、周囲から蔑まされたという過去を笑顔で話している。対してハルは、そのマユのあっけらかんとしている態度を不思議に眺めながら、マユの置かれていた状況に驚愕していた。自分だったら心折れるだろう。それをマユは逞しく生きていたんだと思わずにはいられなかった。
「丁度、その頃ってさ、魔女狩りといって……」
「魔女狩り?」
「うん。魔女を死刑にするってのが流行ったのよ。魔女なんて本当にいたかどうか分からないけどね」
「魔女かぁ……」
 想像がつかない言葉を前に、話の続きを待つしかなかった。
「そう。魔女ね。でも、魔女じゃない人も、噂を立てられたら捕まっちゃうんだよね」
「え? どうして? 」
「妬み……女が男よりも上に立つことに対するね……男の歪んだ支配願望が、優秀な女に対する妬みとなって吹き出るんだろうね。だから言いがかりをつけて、罪のない人が何人も犠牲に……まあ私は優秀じゃないけどね。てへ!」
 おどけてみせるマユだったが、時折見せる鋭い眼光をハルは見逃さなかった。マユは、過酷な世界にいながらもそれを耐え抜いた強い人だ。そんな思いを抱きながらハルは更なる疑問が頭をよぎった。
「それで、マユちゃん……その魔女裁判どうなったの?」
「ああ、そうそう、大事なところだった。当然死刑よ。火あぶりの刑」
 笑顔で話すマユだったが、それを見たハルは、自分よりも過酷な人生を送っている人がいる。そう思えてならなかった。そして、笑顔で話しているマユの奥には数え切れない涙が隠されているのではないか。そう思うといたたまれなくなってきた。
 ハルは目を細めながらマユを見つめた。マユの生い立ちを思うと可哀想と思えてならなかったのである。その瞳に気付いたマユはムッとした。
「そんな目で見ないで!」
 マユのただならぬ反応にハルは慌てた。マユがどうして怒ったのか分からなかったからである。