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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

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――――って思ったそばからジブリール様のことかい! この質問の真意は何だ? ジブリール様のことを知っていれば教えてくれということなのか、ジブリール様のことを知っているから吐けよという意味なのか。さっきの質問で、ジブリール様のことを知らないという設定で通っているから、ここは迷わず前者だと捉えていいはずだ。……いやいや、そう考えるのは早計だ。仮に前者だとして、俺がジブリール様のことを知らないと答えたとする。そうすれば、無意味にジブリール様の名前を俺に晒してしまう。余計な情報を俺に話すようなことをしない方だ。あそこまでジブリール様の名前を言葉として発し、俺に問うことは不自然だ。でも今更ジブリール様の事を知っているという設定にすることも同じく不自然。だったら聞かれる前に報告しろという話だからな。聞かないと言わないのか。使えない奴。と突っこむだろう。カロル様はそういう方だ。じゃあどの選択もアウトってことか? じゃあ傷が少なくて済む選択を……じゃない! 俺はダブルスパイだから、トロン達が有利になるように……じゃない! それで俺が潰されたら何にもならない。でもトロンを裏切ったらダニー様に殺される。
 前門の虎、後門の狼。カミーユの心境を言い当てる言葉だった。どの答えが正答なのか、皆目見当がつかなかった。でも決断の時は刻一刻と近づいていった。
「は? ハル・エリック・ジブリール?」
 ジブリールのことを知らないという設定を選んだ。
――――もうどうにでもなれ。もうトロンと心中するするつもりで走るしかない。もう後戻りはできない。
「よい。詮索するな」
 開き直ったカミーユの耳に飛び込んだのは、ジブリールの話題を逸らそうとするカロルの言葉。気を失う程思考を巡らしたカミーユは、窮地を切り抜けた安堵感からか、小さくため息を漏らした。
「報告は以上です。よろしいでしょうか?」
 これ以上耐えきれないと判断したカミーユは、早くこの場から立ち去りたかった。
「結構。これからも私のために動いてくれ」
 そう言いながら目配せずると、カミーユに退室を促した。
「勿論でございます。これにて失礼します」
 カミーユはその場で立ち上がって敬礼をすると、出入り口のドアを開け、去ろうとした。
「カミーユ君。トロン君の動きがあり次第、早急に報告するように」
「かしこまりました。失礼します」
 そう言いながらカロルの執務室から出ると、ドアを閉めた途端、その場に崩れ落ちた。
「命拾いした……もう嫌だ。絶対同じ事はしないぞ……マジで寿命が縮む」
 そう呟きながら、トロンと打ち合わせした合流地点を目指した。
 カミーユが、刑事裁判局の受付でカロルの接見手続きをしてい頃、刑事裁判局局舎前では、別の動きがあった。トロンの前にジャッジが現れたのである。
 ジャッジは無表情でありながら、何者も寄せ付けない怒気を放ち、急ぎ足で刑事裁判局局舎に入ろうとしていた。
「やはりジャッジ様はカロル様に対して抗議に来たんだな」
 トロンはそう口にすると、急いでジャッジの元に駆け寄った。
「ジャッジ・ケイ様……ですよね?」
 振り返るジャッジの顔を見たトロンは、一瞬言葉に詰まった。ジャッジの眼光が鋭く突き刺さったからである。
「何の用だ」
 ジャッジはカロルから聞かされている不穏分子の一人であるトロンを前に、身構えつつも、トロンの意図を量ろうとした。
「ここでは何ですので、場所を……」
「私にそんな余裕はない。私に何か申し出ることがあるなら正式に書類で申請し、然る場所で接見するべきではないか? 君も天使ならこんな非常識なことしないことだ」
 そう言い残し足早に立ち去ろうとした。しかし、トロンはひるむことなく、ジャッジの背中に語りかけた。
「ジャッジ様が急がれるのは、カロル様に疑念が生じたからでしょ? 私の話は、その疑念に通じるものなんです。ましてやジャッジ様ご自身にとって大変重要な……」
 トロンの言葉を聞いて、ぴたりと足を止めたジャッジは、憤怒の形相をしながら振り返った。
「貴様、何故それを知っている」
 ジャッジの怒気に圧されて、ひるみそうになるトロンだったが、必死の思いで耐え、震える手でジャッジのメモリーディスクを取りだした。
「それはどうだっていいことです。問題はこれ。これはジャッジ様のメモリーディスクです」
「メモリーディスクの持ち出しは法令違反だぞ。君は目的のためには法をも犯す愚か者に墜ちたのか?」
「いいえ、情報管理法違反は、罪人のメモリーディスクを矯正局のメモリーディスク倉庫から持ち出すか、転生中の魂のメモリーディスクを転生管理局局長執務室から持ち出した時」
「だから、君がラファエル様の執務室から持ち出したのだろ?」
「それは不可能です。私は四等検察事務官です。四等の私に、ラファエル様への接見許可が、降りるわけないでしょ?」
「……まさか」
「そのまさかです。ジャッジ様のメモリーディスクは、矯正局のメモリーディスク倉庫内に罪人のディスクと並んで保管されていましたよ」
「そのメモリーディスクが本物である保証はどこにもない」
「ジャッジ様らしくないですね。それは、偽造は情報管理法違反じゃないですか。そんなことをするほど、私は愚か者ではありませんよ」
「…………」
「転生すると魂としての記憶が消され、記憶が全くクリアな状態で転生させられます。しかし通常、命を全うして天界に帰還した折には、転生前の記憶が、メモリーディスクにより、自動的に蘇ります。当然、転生している時の記憶は消されません。どうしてジャッジ様は転生している時の記憶がないのですか?」
「……不要な記憶だからだ」
「だとしてもですよ。それはジャッジ様が天界に帰還された後、ご自分でされるべきことでしょ? どうして勝手に記憶が消されたのでしょうか?」
「……それはカロル様が私の気持ちを察して下さったのだ」
「おかしいですね。本人の許可なく記憶を操作するのは、それこそ情報管理法違反ではないですか? 四八条第一項「個人情報保護義務」違反ですよね?」 
「……しかし、君も法令違反ではないか。メモリーディスクを持ち出しているだろ?」
「このメモリーディスクは本来ジャッジ様のものなんですよ。失うべきではない記憶ですからね。こうやってメモリーディスクで記憶を取り出されたこと自体が法令違反なら、違法状態を回復するための措置として、私の行動は肯定される。だからこそ堂々とジャッジ様にお示しできるわけですよ」
 トロンの論理は完璧だった。ジャッジは最初こそトロンに敵意を向けていたが、トロンの説得力を前に足下が揺らいできた。
「でもどうして矯正局のメモリーディスク倉庫にあったのでしょう」
 トロンは答えを分かっていながらも、敢えてジャッジに問いかけた。
「矯正局だったら誰もメモリーディスクをチェックしないし、闇に葬れると思ったということか?」
「その通りです。勘が鋭くジブリール様に近いラファエル様の執務室に置くのは気が引けたのでそうね。でも、その考えこそ悪意を感じます。それ程までにジャッジ様の記憶を戻させたくないのでしょう。その方が都合がいい。いや、面白いってね」
「どういうことだ」