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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|129ページ/140ページ|

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「だから、カリグラを突っついてハルの破滅を画策していることすら伏せたいはずだよな?」
「お前馬鹿にしているのか? 当たり前だろ?」
「最後まで聞け。ということは、カリグラと司法取引している事実すら隠蔽するだろうな」
「なるほど、司法取引は適法だけど、超法規的措置になることは必定。となれば、それを公的手続きをとって行えば目立つってか? そりゃそうだろな」
「カミーユ。まだ分からないのか? それが理由で、ジュネリングの使用許可証を発行したことを現世保安省に届けていないとしたら?」
「転生管理法第二三条第三項違反!」
「そういうことだ。その事実は腹心のジャッジ様すら知らされていなかった。だからあの激昂だということだ。絶対カロル様に事情を聞こうとする。だからここで張っているんだよ」
「そうだとしてもだ。ここにジャッジ様が必ず来る保証はあるのか?」
「絶対来る。ジャッジ様は無慈悲な程に罪人を追い詰める方だが、それは法を遵守することを美徳とする潔癖さ故。だから自分が法律違反の片棒を担がされたとなると黙っていない。だからあんなに動揺したんだよ。というより、お前はここにトラウマでもあるのか? さっきからソワソワして」
 トロンの言う通り、カミーユの顔は次第に青ざめていった。
「だってさ……ここってカロル様がいる場所じゃないか。あの人怖くてさ……」
「ダニー様からは鬼の尋問を受け、カロル様からはスパイになれと脅され……お前って大変だな」
「冗談にもなってないぞ……」
「まあそんなことはどうでもいい。とにかく、早くジャッジ様にこのメモリーディスクを見てもらおう」
「それにしてもジャッジ様が……なあ」
 思わず呟いたカミーユだったが、トロンも同じく頷いた。
「全くだ。でもこの記憶が蘇ったら、ジャッジ様も目を覚ましてくれるだろう。俺達の仲間に入ってくれたら心強いよな?」
「お前は楽観的すぎるぞ。そんな簡単な方じゃないぞ? 仮にもジャッジ様は羅刹天だぞ?」
「そう、どんな障害が舞い込んでくるか分からないよな?」
「トロン……お前何か企んでいるだろ」
 不敵な笑みをこぼしながらカミーユを見つめるトロン。その様子がカミーユには不気味に映った。
「なあに簡単なことだ。俺達がすることをカロル様に知られてはまずい。ジャッジ様が、メモリーディスクを見ている間にひょっこりカロル様と鉢合わせなんてこともあるだろうし、盗聴なんてことがあったら最後だ。だからその間、カロル様の注意を引いてほしい」
「お前馬鹿か? さっきここにいるだけでも落ち着かないと言ったろ? ましてやカロル様に会うなんて狂気の沙汰だぞ? そもそもどんな理由で会えというのだ」
「俺やカムリーナの情報を渡すとか言えばいいんじゃないか? カロル様はお前をまだ自分の駒だって思っているからな」
「分からないぞ! ばれているかもしれないじゃないか! あの方は何を考えているのか全く分からない。だから怖いんだよ」
 明らかに脅えるカミーユだったが、その様子をトロンはニヤニヤしながら見つめた。
「お前がこちら側につくのなら、それぐらいやってくれるよな? 俺はまだお前を信用しているわけではないんだぞ?」
「お前……段々ダニー様に似てきたな……」
「はいはい。早速だが、ジャッジ様が来る前に早く中に入って、カロル様の足止めをしてこい」
 トロンはカミーユの肩を押して、刑事裁判局局舎に入るように促したが、カミーユは一向に入ろうとしない。カミーユは恨めしそうに見つめると、
「カムリーナ君がいないじゃないか。みんな揃ったときの方がいいんじゃないか?」
 すがるように呟いた。
「カムリーナ君は暫く現世勤務だそうだ。元々現世救済局の報道官だから仕方ないだろ? ほら、急げよ」
「嫌だ!」
「行かないと作戦が始まらないだろ? それにここで目立ったらまずいし」
「嫌だ!」
「我が侭言うな!」
「嫌だ!」
「スパイ決定でいいのか? 早く入れ!」
「それでも嫌だ! カロル様に殺されるよりはましだ」
「カロル様が殺すわけないだろ?」
「あのなめ回すような嫌らしい目つきを味わったことのある奴しか分からないよ! ネチネチ尋問されるのは嫌だ!」
「カロル様がゲイなわけないだろ? というかカロル様がゲイとかそんな話を刑事裁判局の前で言う話じゃないだろ」
「ゲイかもしれないだろ!」
「おいおい、だからカロル様がゲイとかそういう話をここでしたらやばいだろうって!」
 必死で抵抗するカミーユに業を煮やしたトロンは、太ももを思いっきり蹴った。
「はうぅぅぅ」
 力なく床に倒れ込むカミーユ。トロンはその様子を冷たく見下ろした。
「カロル様に殺される前に、俺から殺されるか?」
 冷淡に言い放つトロンの語気に圧されて、カミーユは後ずさりした。
「こいつキレてる……」
 カミーユの言葉は耳に届いていないのか、全く反応せずにゆっくりと詰め寄った。
「わ……わかったよ。ひえぇぇぇ」
 急いで立ち上がると、今度は迷いなく刑事裁判局局舎に入るカミーユ。その顔は極端に引きつっていた。
「あいつはキレると無表情で暴れまくるからな……あいつならマジで人を殺しかねん……」
 そう呟きながら向かった先は、刑事裁判局局舎入り口近くにある受付だった。
「矯正局第五界低層地獄課圧縮地獄管理室所属の四等刑務官カミーユ・ロダンですけど……次長のカロル・ジンガ様にお目通りをお願いしたいのですが……」
「お約束はされていますか?」
「いいえ……でも私の名前を言っていただければ……」
 次長ともなれば、通常面会するために、関係機関に書類を提出し、審査を経なければならない。それだけ困難をきたす。にもかかわらず、カミーユはその手続きを全くしていない。
 その非常識さから、受付の天使は呆れるあまり目を細めてカミーユを見つめた。
 その時
――――トルゥトルゥトルゥ
 受付にある電話が鳴った。受付の天使はカミーユには目もくれず、目の前にある受話器を取った。
「はい。局舎前受付です」
「私はカロルだ。そこにカミーユ君がいるはずだ。私の元に案内し給え」
 カミーユは受付の天使の側にいたため、電話口で語るカロルの声が聞こえた。
「ひ……ひーーー!」
――――まさか、局舎前でのやりとりがばれたんじゃないだろうな……それにしてもどうして俺が来るって分かってるんだよ。だからカロル様の元に行くのは嫌なんだよ。
 カミーユは、瞬時に様々な思いを巡らせた。蛇に睨まれた蛙。カミーユにとって、カロルに関わることはそういうことだった。
「カミーユ様、こちらでございます」
 カミーユは言いしれぬ不安からか、極度の緊張状態になり、大量の脂汗をかき、時折体中をピクピクさせながら受付天使の後を付いていった。
 極限まで磨かれた純白の大理石に、重厚な煉瓦の壁。所々に法務省を司る天秤の紋章が掲げられていた。そこを受付天使とカミーユは歩いていった。途中、エレベーターに乗ると、五六階で降りた。目の前にある廊下を進み、最も奥にある部屋に着くと、受付天使は「次長執務室」と書かれたドアをノックし、
「カロル様、カミーユ様をお連れしました」
 と、中にいるであろう、カロルに声を掛けた。