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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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第18章「禁断の記憶」


 一方、ローマ帝国では、皇帝カリグラと司法取引したジャッジ・ケイがカリグラに謁見しようとしていた。以前は多くの兵に銃を突きつけられたジャッジだったが、今度は華々しいファンファーレに包まれながら、宰相始めローマ帝国の重臣が跪いている中を歩くという国賓待遇で迎えられた。
「ジャッジさん、よく来たね。待っていたよ」
 上機嫌のカリグラは、ジャッジに握手を求めた。しかしジャッジはその手をひらりをかわし、カリグラを静かに見つめた。
「私と汝は取引をしている関係にあるが、同盟を結んでいるわけではない。馴れ馴れしい態度はやめてもらおうか」
「天使は社交術をいうものを知らないとみえる」
「罪人に対して社交術を行使する必要は微塵もない」
 互いに嫌悪感をいただいているために、早々にしてなじり合いが始まった。
「だったら何しに来た?」
「司法取引を汝が履行しないからだ。ローマ帝国はたった一人の女すら思い通りにすることができないのかとため息が漏れるばかりだ」
「天使がそこまで急ぐ程の存在なのか? 残念ながら、あなた達の約束を最優先する程私達は暇じゃないんだよ。心配せずとも取引はしっかり守る。心配には及ばないよ」
「つまり、ローマ帝国は早急に対処する能力がないということだな? そもそもハマス共和国の本拠地すら特定できていないそうじゃないか。それにカルバリンの砦をハマス共和国に制圧されたらしいな? そんな虚勢を張ったところで私にはお見通しだ」
 カリグラはマシューの失態を鮮烈に思い出した。それをよりによって天使にからかわれた。カリグラの表情が一転、冷たい無表情に姿を変えた。
「そんなことはどうにでもなる。それより、そのハルとやらをどうにもできないのはあなたも同じことではないか。あなたの手に負えなかったから私に頼んだ。取引までしてな。それこそ天使の沽券に関わることではないか? 私を責める前に、自分の無力さを呪うことだね」
 ジャッジもまたカリグラの言葉に激昂した。静かに佇まいながらも怒りの炎がその瞳に宿った。
「どうやら図星のようだね。罪人にたしなめられて、何も言えない天使は憐れなものだね」
「何故我々がハルに関与できないのか、罪人如き穢れた魂が理解できるはずもなかろう。物事は汝の想像を遙かに超えたところで動いているんだよ。汝は司法取引を粛々と履行すればいい」
「そんなこと言っていいのか? 私が一言号令を発すれば、ハル捕獲を中止することもできるんだよ?」
「そうなれば取引破棄になって、汝の可愛い部下のジュネリング使用許可証が失効するだけ。自動的にコキュートス行きだがそれでもいいのか?」
「…………」
「三田と接触する唯一のチャンスが消える上に、部下達がコキュートス行きという最悪の事態を軽はずみな判断で招く程愚かではないと思うがどうかな?」
「そうだね。ただ、私がそうなっても構わないと言ったら、あなたはどうする?」
「…………」
「分かっただろ? 私とあなた。少なくとも立場は同等ということだよ」
 この司法取引は決裂したらいずれにも取り返しの付かない存在が発生する。相手よりも優位に立ちたいという思いが交錯しつつも、この事実は変わらない。二人の会話で互いに再確認した。相容れない存在でありながら、利害が一致する関係だった。
「まあいい。汝が現世に派遣したネロ一行の情報が手に入った。聞きたいか?」
 先程まで緊迫していた雰囲気が一転、カリグラの表情が緩み、優しい瞳でジャッジを見つめた。
「聞きたいねえ」
「ネロ一行は、ジパングに降り立ち、三田の情報を得るべく、伊達家という騎士の一派と同盟を結び、東京一帯を制圧したそうだ」
「ほう。ネロさんは現世でもローマ帝国の威厳を示したんだね。これは順調とみていいかもね。それで保安官の動向は?」
「保安官は動いていないようだ。脱獄の罪が加算されたのにどうしてそうなっているのかは私にも分からない」
「それはあなたが取りはからったのではないのか?」
「そんなことはあり得ない。罪を犯したら保安官に追われるのが定め。法に定められている通りだ。ジュネリング使用許可証が発行されたことすら超法規的措置なのに、それ以上に例外が発生するはずはない」
 法の定める通りに天使は行動する。ジャッジは法の遵守者としての役目を負うことに厳格だった。だからこそカリグラの言葉を全力で否定した。しかしネロが保護観察官に追われていないも事実。この矛盾をジャッジは説明することができなかった。
「ジャッジさん? あなたは私の想像できないところで物事が動いているといったね? もしかしたら、あなたすら想像できないところで物事が動いているんじゃないのか?」
「そんなことはあり得ない! 不愉快だ! 帰らせてもらう。カリグラ! 貴様は取引を早急に履行すべし! 早急にだ!」
 ジャッジの脳裏にかすめた小さな疑問。それが疑惑となり膨らんでいった途端のことだった。カリグラの言葉はジャッジの綻びを見抜いていたかのように突き刺さっていった。
「可哀想だね。体裁に囚われ本質を見失う。どうしてもプライドが表に立つということか?」
 カリグラの呟きが届いていないのか、ジャッジは全く反応せずにきびすを返すと、天使転送装置により、六芒星と共に姿を消した。その様子を見つめながら、カリグラは感慨深げに呟いた。
「ハルさんか……我々にとって邪魔な存在になることはより明らかになったな」
 その数時間後、法務省刑事裁判局の局舎入り口に佇む天使が二人。しみじみと入り口に光り輝く天秤のエンブレムを見つめていた。その天使とはトロンとカミーユだった。
「トロン……本当に行くのか?」
「何だカミーユ怖じ気づいたのか?」
「いや……本当にジャッジ様がここに来るのかと聞いているんだよ」
「お前もモニター室で見てただろ? ローマ帝国でジャッジ様とカリグラとの遣り取りを」
「そうだけど……いまいち俺には意味が分からなかったんだよね」
「カミーユ。そんなことだから技官は知性がないって言われるんだぞ。いいか? まずカロル様の命でジャッジ様とカリグラが司法取引をしていた。これだけでも爆弾情報だ」
「そんなことないだろ? 司法取引は法律で保障された正当な交渉カード。驚くこともないだろ?」
 トロンの言葉で気を悪くしたカミーユは怪訝な顔をしながら言葉を吐いた。
「疑惑のカロル様が超法規的措置をとることに大きな意味が潜んでいるのは容易に推測できるだろ? まさかまたカロル様のスパイのつもりか? カロル様に肩入れして……」
「そ……そんなことないよ! そんなことしたらダニー様に殺される……」
「確かにな……」
 二人はダニーによる尋問を思い出していた。カミーユが声を震わせ失神寸前にまで追い詰められたあの尋問である。
「ところで、その大きな意味って何だ? 単にハルを貶めたいってだけだろ? カロル様のことだから当たり前の行動ではないか?」
「カミーユだから君は愚かなんだ。俺達はカロル様の陰謀に気付いているから当たり前に見えるが、カロル様にとってこの事実は公にしたくないはずだ」
「それも当たり前。だからお前は何が言いたいのか?」