天上万華鏡 ~地獄編~
「あ……あの……サリー……です」
「脅えなくてもいいんだよ。食べやしないんだから」
と言いながらマユは、舌をぺろっと出した。
「舌なめずりじゃねぇか。食べそうな顔するなよ」
「白鳥君? あんたは本当に食べようか?」
「本当に食べそうで怖いよ……」
「そんなことどうだっていいのよ。能力見せて」
マユの言葉を切っ掛けに、サリーは脇に挟んでいた板をテーブルに置くと、駒を並べ始めた。
「私……チェスが好きです」
「……能力というより趣味なんだね……」
一同更に渋い顔。そのためマユの呟きに、誰も反応することが出来なかった。
「駄目ですか? 少しでも……お役に立ちたいと……」
「駄目じゃないです! チェス私も大好きです!」
「そうなんですか! ハル様もチェスが? うれしいです」
うれしさのあまりハルと堅い握手を交わすサリーを見ながらマユのため息が止まらなかった。
「分かった。ありがとう。次どうぞ」
ハルとの握手の余韻に浸りながら、サリーは去っていった。入れ替わりに入ったのは、長いあごひげが目立つ老人だった。
「なんか風格のある人が来たね。名前は?」
「朴(ぱく)仙人じゃ」
「仙人! 凄いね。何ができるの?」
「わしは、精霊のことが……」
「精霊! 何? 何?」
精霊という言葉を聞いた一同は驚きの表情を浮かべながら次の言葉を待った。とてつもない大物の予感がしたためだった。
「精霊のことが詳しいのじゃ」
「詳しいだけかい!」
思わず叫んだのはスワンだった。それだけ期待感が強かったのである。
「無礼な。詳しいだけとは何事じゃ。精霊の知識を蓄えるのに、どれだけの年月を費やしたことか。お主には分からぬだろ」
「精霊出せるの?」
マユは目を細めながら朴仙人に問いかけた。その言葉を聞いた朴仙人は、ハッとした表情でマユを見つめ、口を開いた。
「それは……まあ……」
「はっきり言って」
マユの追い込みに朴仙人は焦ったのか額に汗を滲ませた。
「……出せません」
「……予想通りの展開だな」
スワンの言葉を危機ながら、皆うなだれた。
「もういいよ。次」
「わしが不合格じゃないだろうな?」
ぞんざいな扱いに朴仙人は不信感を募らせた。
「結果は後から教えるから朴ちゃんもう帰っていいよ」
「ぱ……ぱくちゃん? じゃと?」
「そんなこと言う奴だから気にするな」
スワンは、同情の眼差しを浮かべながら、朴仙人を帰した。すれ違いに男が入ってきた。この男、いかにも肥満体型で口の周りには何かの食べかすをつけていた。
「おデブちゃんね。何気に可愛いんだから。名前は?」
「ア……アントニオです」
「何かプロレスラーみたいな名前だね。んで、何ができるの?」
「こいついちいち何か挟むよな」
「白鳥君! あんたもいちいちうるさい!」
「お…お菓子を作ることができます」
と言いながら、アントニオは掌を上にしてかざすと、次の瞬間おいしそうなクッキーが現れた。
「おいしそう! 私クッキー好きなんだよね!」
うっとりするマユ。その瞬間、会議室にいる男性幹部が裸でクッキーを奪い合っている映像が投射された。その中でもロンは、光悦とした表情を浮かべながら、体中にハチミツを垂らしテカテカに光っている体に、クッキーを敷き詰めていた。
それをリンとリストが奪おうとする。幹部全員を巻き込んだ卑猥な行為が繰り広げられていた。
「何考えているんだ! 私を巻き込むな!」
「細かいこと言っていると禿げちゃうよ?」
と言いながら、マユは幻影をさわりカードにした。そのカードは裸の男性幹部の中央にハチミツで光り輝くロンの姿。まるで太陽のようだった。
「太陽のカードゲット」
「ロン君もマユの餌食になったか。ざまあみろ」
クスクスと笑いながらロンを見つめるスワン。対してロンは目を丸くして呆然としていた。
「マユ君、お菓子が好きなのは分かったが、それで役に立つのか?」
「私の機嫌がよくなる」
「なるほど……」
皆しみじみと頷いた。
「そこ突っこむところでしょ? 何よ。そんなに私の機嫌取りが必要なの?」
「いつもカリカリとしているじゃないか。ずっとお菓子食べてろよ」
スワンは、ため息混じりに呟いた。
「何よ。カリカリしていないよね?」
マユは周りの幹部に問いかけたが、皆苦笑いする一方でマユに追従するものはいなかった。
「白鳥君だけじゃなくてみんなそう思ってるの?」
「あのー」
「私そんなヒステリックじゃないよ!」
「あのー」
「何さっきから、あのーあのーって。言いたいことがあればはっきり言えばいいじゃない」
おどおどしながらマユに訴えかけるアントニオ。それをマユは一蹴した。しかしアントニオは掌からクッキーを取り出すと、マユに差し出した。
「クッキーなんかで私の機嫌を取ろうなんて……あらおいしいじゃない」
「おお!」
皆から歓声が上がった。
「ハマスにとって何気に必要な能力だな……」
スワンの呟きに皆静かに頷いた。
「クッキーがおいしいのは分かった。アントニオの試験は終わり。帰っていいよ」
マユの言葉を聞いたアントニオは黙って去っていった。
「ひゃい。次」
マユはクッキーを口いっぱいに頬張りながら、次の受験者を呼んだ。
「人間の女は何とも下品なものだ。いくら知略に長けていても品性がなくてはな」
鼻で笑いながら話すロンの言葉に、一同緊張が走った。
「ゲス天使に言われたくないね。あんたが復活する前の恥ずかしい声、録音しているんだけど流していいの?」
「ゲ……ゲス天使だと! 腐れ外道が! 灰にしてやる!」
「腐れてる? 私を褒めてるの?」
男色を好む自分の特性を「腐女子」と呼んでいたマユにとってロンの捨て台詞はむしろ自分を讃える言葉になっていた。
「何だと! 殺す!」
ロンは掌にワンドを現すと、電流のような閃光をその先に点した。
「望むところよ! どうして堕天使って喧嘩っぱやいのかな。白鳥君も同じようなこといっていたし」
マユはタロットカードを取り出すと、それを地面に叩きつけようとした。
「待ってください! 次の方が来ています。喧嘩はやめてください」
「もうハルったら。怒った顔もかわいいんだから。分かったよ。ごめんね」
「ハル様がそう仰るなら……申し訳ありません……」
ハマス共和国の幹部はそれぞれ能力が高い。それ故、他の二国に肩を並べるまでに発展した。しかし、同時に個性も強い。意見の衝突も日常茶飯事だった。しかし、皆ハルを支えていこうとする意志は等しく強かった。この結束がハマス共和国を更に強くしていった。この事実をマユとロンの衝突から皆再認識した。
更に通常の柔らかい笑顔に対して、時折見せるハルの凛とした表情。何人たりとも侵すことができない意志の強さが、有無を言わせない説得力として皆に響いていった。
「気を取り直していくよ」
目の前にいるのは、坊主頭で道着のような服をきている青年だった。
「名前は?」
マユの問いかけに全く反応せず、いきなり空手の型を始めた。
「はっ! ふっ! ほっ!」
「あの……だから名前」
「はっ! ふぉあちゃ!」
「ふぉあちゃってのは名前じゃないでしょ? 勝手に始めないでよ」
作品名:天上万華鏡 ~地獄編~ 作家名:仁科 カンヂ