天上万華鏡 ~地獄編~
伊達家と帝国陸軍の銃撃戦は互いに一歩も引かず互角だった。伊達家の武士達は、鎧甲冑に機関銃や散弾銃などの最新銃器というアンバランスな組み合わせでありながら、手慣れた手つきで扱っていた。それ驚いたのは帝国陸軍の兵達であった。少し前までは、刀や槍が主戦力だった伊達家が瞬く間に戦力を高めていたのである。あっという間に返り討ちにするつもりだった帝国陸軍は、思わぬ伊達家の抵抗に戸惑った。
「殿下、結界の準備完了致しました」
「よし。よくやった」
と言いながらネロは、腰を下ろし、掌で思いっきり床を叩いた。
「β24結界よ。ただ今より顕現し、空間を分けるべし」
その瞬間、親衛隊達が描いていた図形が青白く鈍く光ると、十センチ程の間隔をおいて蛇が飛び出し、それが天井にまで伸びた。まるで東京メトロ改札を鉄格子で封鎖するかのような様相を呈した。
「伊達家の諸君、攻撃やめ。これで封鎖が完了した。これにて四ツ谷駅の制圧が完了した」
β24結界は、一見、鉄格子のような封鎖であるため、人の出入りは難しいにしても、その隙間から銃の弾が行き来できるように見える。そのため、伊達家の武士達は、攻撃をやめることに抵抗感があった。それは、帝国陸軍も同じこと。改札よりも先に行けないにしても、攻撃はできる。そんな思いから、銃撃をやめなかった。
しかし両者の思惑を大きく裏切るように、帝国陸軍の弾は、結界を通過することなく大きな金属音を立てながら床に落ちた。
「β24結界は、蛇による脆弱な結界に見えるかもしれないが、実際は戦車の弾すらも当たり前に跳ね返す鉄壁な守り。帝国陸軍の諸君が何をしたところで、どうにもなるものではない」
そう言いながら身を翻してその場を後にするネロ。対して、強力な結界をはられたことに動揺を隠せない帝国陸軍は、改札口に次々と兵達が集まり、状況把握に躍起になっていた。
結界を押したり、叩いたり、機関銃で撃ち続けたり、あらゆる手段で結界排除を試みたが、解決の糸口さえ見付けることができなかった。
帝国陸軍の兵達の慌てふためく姿を背に受けて感じたネロは、懐から拳銃を取り出すと、帝国陸軍の兵達の方を向き直して、発砲した。
ネロの弾は、帝国陸軍の兵に命中した。帝国陸軍サイドからは何をやっても通じなかった強固な壁になっていたが、ネロサイドからは容易に貫通する。この事実を目の当たりにした帝国陸軍の兵達は、腰を抜かして座り込み、ジリジリと後ずさりした。
「言い忘れていたが、この結界は、帝国陸軍の諸君からの干渉を防ぐものであり、我が軍の障壁にはならない。よって、こちらからはいかなる攻撃も諸君等に通じるわけだ。要するに諸君等は丸腰と同義。それでも呑気にここにいるのか?」
「ぎゃーーー!」
ネロの言ったことの意味が理解できた帝国陸軍の兵達は、手にしている武器を放り出しながら一目散に逃げていった。
「封鎖完了。これより本格的な制圧に着手する」
ネロ達は足早に営団地下鉄改札前から、中央線側のホームに向かった。
ホームに着くとネロは静かに辺りを見渡した。累々と死体のように積み重なる霊達。それは全て帝国陸軍だった。徹底的に痛めつけられた帝国陸軍の兵達は、即座に再生されながらも、その痛みの余韻により動けずにいた。その様子をネロはため息をつきながら眺めていた。
「地獄と違い、現世では切り刻まれても即座に再生される。痛みはすぐに治まるはずだ。にもかかわらず、動けずにいるとは何とも脆弱なものだ」
冷たい視線を暫く向けた後、すぐに伊達家の武士達に目を向けた。
「伊達家の諸君よくやった。これより四ツ谷駅を制圧する。私と共に四ツ谷駅に来た伊達家の諸君は、この駅に砦を築きつつ、この場に残る帝国陸軍の兵を捕虜として拘束せよ。そして上野へ連行するように。また、帝国陸軍の本拠地、市ヶ谷駅より援軍が送り込まれる可能性がある。しかし、それは四番線のみである。四番線を向かい撃つ形で待機し、迎撃せよ。営団地下鉄改札方面からは私が結界をはったため敵軍が攻め入る可能性は微塵もない。私と親衛隊及び、援軍として四ツ谷駅に来た伊達家の諸君は、これより市ヶ谷駅に乗り込む」
「おう!」
「御意」
ネロの指示を聞きながら伊達家の武士達は歓喜に身を震わせていた。これまでにはない圧倒的な戦力。これまで手も足も出なかった帝国陸軍に対して赤子の手を捻るが如くねじ伏せる爽快感。そして文句の付け所のない緻密な戦略性。
徐々に伊達家の武士達はネロに心酔していった。これこそがネロの魅力。皇太子たる所以であった。
「三番線、千葉方面行き電車が参ります」
丁度、次の目的地、市ヶ谷駅に向かう電車が到着した。電車のドアが開くと、そこにはすし詰めになって乗っている伊達家の武士。更なる援軍だった。そこに伊達家の武士達とネロ達が乗り込んだ。更にすし詰めになる車内。しかし当の伊達家の武士達もネロ達も意に介さず当たり前に過ごしていた。
「あなた。次もまたセルポップでいく。即座に対応できるように準備を怠るな」
「御意」
次の駅が本番。そんな思いから、誰も喋ることなく極度の緊張感に包まれた。
しかし、その緊張感を破るきっかけは、思わぬ所からやってきた。
――――ズドドドドド
「ぎゃー!」
けたたましい銃声と共に、数人の伊達家の武士達が、叫び声を上げながら倒れていった。銃声の先は窓の外。すれ違う別の電車からだった。その電車は市ヶ谷駅方面から四ツ谷駅に向かう電車で、帝国陸軍からの援軍が多数乗り込んでいた。
「殿下、私めにお任せ下さい」
一人の親衛隊が名乗り出ると、ネロは小さく頷いた。その動きを確認した親衛隊は、窓をすり抜けて、すれ違う電車に飛び移った。
親衛隊が空中を指でなぞると、その軌跡が機関銃に変化した。その機関銃を手に取ると、即座に発砲した。
――――ズドドドドド
次々に倒れていく帝国陸軍の兵達。親衛隊の奇襲攻撃に為す術がなかった。しかし、暫くすると帝国陸軍の兵達も体勢を整え、親衛隊に銃を構えた。その姿を見た親衛隊は手にした機関銃を手放すと
「我に集いし聖なる霊よ我に力を与え給え。我に仇なす悪しき魂に鉄槌を下し給え。ルー!」
と言いながら掌で床を叩くと同時に親衛隊の周りが鈍く光った。
――――ズドドドドド
帝国陸軍の兵達が一斉に親衛隊目がけて発砲した。しかし、親衛隊自身は何事もなかったかのように平然としている。その答えは帝国陸軍の兵達が発砲した弾が親衛隊に近づいた時に明らかになった。
命中する直前に弾がその場に落ちていったからである。この術はプロテクト フロム エネミーズとは違い、攻撃者にそのエネルギーを返すことができない代わりに、比較的容易に術をかけることができた。そして、自分に対する攻撃を無効化する効果があった。
自分に攻撃が及ばない術の効果を確認すると、親衛隊は、右手を前に突き出し、掌をぐっと閉じて拳を作った。その所作の後、掌の中に手榴弾が現れた。何度が同じ所作をして手榴弾を数個作り出した後、それを帝国陸軍の兵達のいる方向に投げた。次々に爆音が轟き、その度に帝国陸軍の兵達が吹き飛ばされた。
作品名:天上万華鏡 ~地獄編~ 作家名:仁科 カンヂ