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　ハルの問いかけに、テンは首を横に振った。そして更なる笑顔を浮かべながらテンは手の平で何かをすくう素振りを見せた。テンは何も入っていない手の中を見つめながら、無言で何かを呟いた。すると何もなかった手の平に赤い花びらが現れ、しまいには手の平いっぱいになっていった。
「おお」
　いつもとは違うテンの動きに、皆どよめきながらも見守った。
　テンは、その花びらを辺りにばらまいた。すると、同時に天井から同様に赤い花びらが降ってきた。
「これは椿だな」
　花びらを手にとって呟いたのはスワンだった。以前、日本で天使として働いていた名残だろうか。日本特有の花である椿の花を言い当てた。
「うわーきれい」
　椿の花びらは更に多く降ってきた。まるで花吹雪。その様子をうっとりと見つめるハルだった。そんなハルをニッコリしながら見つめるテンだったが、空中から椿の花を現すと、それをそっと握ってハルに手渡した。
「テンちゃん。それを私に？」
　大きく頷くテン。次にその花を頭につける素振りをした。
「これを髪飾りに？　可愛い！」
　ハルは早速椿の花を髪飾りにすると、マユの方を向いた。
「マユちゃん。どうお？」
「かわいいぞ、ハル！」
「ありがとうマユちゃん」
「うん。かわいいな」
　スワンもハルに言葉をかけた。
「あんたが言うと軟派すぎてなんとも……」
「何だよマユ。軟派なんて失礼な」
「もう二人とも」
　いつもの遣り取りだった。しかし、テンによりひらりひらりと舞い落ちる椿の花びらを前に皆気持ちが盛り上がった。
「姉御にはいつも驚かされる」
　ハルの起こした奇跡にリンは感嘆の声を漏らした。
　ここは地獄。絶望しか許されない過酷な場所。なのにハルの周りは笑顔が絶えない。それどころか心が癒されて清くなっていくのを実感していた。
　リンはハルを眺めながら、生前ハルに出会っていたら自分の人生はどうなっていただろうか。と思っていた。
　リンは生前マフィアとして人殺しや麻薬の密売など悪の限りを尽くしてきた。悪事を当たり前に行いながらも、心のどこかでは引き返すことが出来ない後悔の念をいつも背負っていた。自分の人生に胸をはることができなかった引け目を負いながら生きてきたのである。
　ハルと生前出会えていたら、悪の道に進む自分を止めていただろう。体を張って。そして笑顔を振りまきながら自分の心を癒したに違いない。
　ここまで思いが及んだリンは、ふと我に返った。いや今で会えたからいいではないか。これまでの人生をここで取り返せば問題ない。リンもまたハルを見つめながら、自分の存在を賭けてハルを守っていこうと誓った。
「リンさん。椿の花がきれいですよ」
　リンの方を振り返ったハルは、スカートの裾を掴み、その中に椿の花びらを入れていた。
　その無邪気さ。その花びらの美しさ。水面が輝く幻想的な光景にリンはうっとりした。リンにとってまさに女神のように映っていたからである。
「ここは地獄なのに、まるで楽園だ。地獄の楽園……」
　リンの呟きに皆頷いた。マユもその一人。にっこり微笑み、リンを見つめたが、何か閃いたか、大きく目を見開き、
「あ……そうだ！」
　と大きな声で叫んだ。
「どうしたマユ君。何か閃いたのか？」
「リスト、私アイデア浮かんじゃった」
　リストだけでなく、マユの言葉を聞いた皆は、何か妙案を聞くことができるのかと、集まってきた。
「おお、みんな反応が早いね。私が考えたアイデア聞いてくれる？」
「おうよ変態のねえちゃん。早く策を教えてくれよ」
「そうだマユ君。早く聞かせてもらいたいものだ」
　リンとリストは、早く聞きたいばかりに、マユを急かした。
「もう、みんなせっかちなんだから。分かったよ。ここの空間ってかなり広いじゃない？　ここを使おうってね」
「あのさマユ。そんなことじゃなくて、詳しく教えてくれよ」
「白鳥君。話の途中なの。テンちゃん、ここにずっと花を散らすことはできるの？」
　マユの問いかけに、テンは首を縦に振った。
「よし。じゃあ笠木さん、ここに遠隔で転送することできる？」
「まあ……頑張ってみます。多分可能でしょう」
「おお、よし。じゃあリスト、ここでハルの歌をエンドレスで流すことできる？」「可能だ。音響機材を使ってハル様の歌を録音して、それを流せばすむこと。機械はローマ帝国から拝借すればすむこと」
「だからさ、それでどうやるんだ？」
　スワンは、話が読めないのか、怪訝な表情をしながらマユに語りかけた。ロンも同様に不満の声を漏らした。
「私も今度ばかりはスワンに同意する。マユ、そこら辺もきちんと説明しろ」
「ロンちゃんてば偉そうに。分かったよ」
「ロンちゃんはやめろ」
「やめないもんね。ぶーだ。つまり、ここを花びらがヒラヒラ舞ってハルの歌声を聴くことができる楽園にするわけ。ここに私達の攻撃を受けた敵さん達が転送される仕組みを作るって事。ハルの歌声が聞こえる楽園を目の前にして戦意喪失。荒んだ心を浄化してもらいましょ」
「傷つけるのではなく、心を癒してもらうってことか。それでうまくいくのなら素敵なこと……マユちゃんありがとう」
　誰も傷つけないで国を守っていくことができるのか。それがハマス共和国の課題であった。それが、傷つけるどころか、むしろ相手を癒す。この発想は誰にもなかったことだった。
　ハルはこの作戦が自分の理念に適った方法だと安堵した。それは皆も同じ。しかし、リストは作戦の成功可能性から曇った顔をしたままだった。
「攻撃を受けた敵をここにみんな転送することって可能なのか？」
　リストは、マユの言葉を受けて、その実行役になるであろう笠木を見つめた。
「うーん。暫く時間をいただければできるかもしれません。いやできるようにしなくてはならない。この作戦の成否にかかわることですから。つまりは攻撃しても敵にはダメージを与えない。その代わりこの場に転送されるようにするわけですね」
「さすが笠木さん。理解が早い」
「その代わり、私の手伝いをしていただける人を配置していただきたいです。ハル様よろしいでしょうか？」
「あ……はい。それでいいと思います」
「マユ君。君のアイデアが壮大すぎて、本当に実現できるのか甚だ疑問だな」
「またリストは心配性だね。実現できるか疑問とか言う前に、努力をしてみなよ。じゃないと何もできないよ。笠木さんだって腹をくくっているんだよ。難しいことでもやってみせるって言ってるんだよ」
「……そうだな」
　マユの言葉で皆、腹が決まった。この洞窟に転送して戦意を喪失させつつ捕虜とする計画、名付けて「地獄の楽園計画」のプロジェクトが始動しようとしていた。