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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|118ページ/140ページ|

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「君は笠木さんを地獄に堕としてハルちゃんも続けて落とそうとした。あの場では完全に悪役だったよ」
「それが心外でならなかった。私は当たり前の仕事をしているだけなのに、笠木の仲間は私を悪魔だと言いやがってな。もうかなり頭にきたよ。実際、ハマスに入ってから、あの時、私を悪魔だと言いやがった奴を見付けてな、殴り合いの喧嘩になりそうだったよ……」
「まあまあ……それにしても自分を地獄に堕としたロン君を笠木さんはよく仲間にしたな。恨んでないのかな?」
「それだったら私もだよ。私を地獄に堕としたお前と同じ組織に入るってな」
「君も執念深いな……」
「恨んでない。仕方ないことだからな」
「そっか、話が分かるじゃん。昔のことは水に流そうな!」
 と言いながらスワンは、ロンの肩に腕をかけた。
「なーんてな。地獄に墜ちて私がどんな目にあったか分かってるだろ? 常にお前に対する憎悪をたぎらせていた。いつか復讐をしてやろうとな。許すはずはないだろ?」
 ロンは、自分の肩にかけられたスワンの腕を取り、逆の手で殴ろうとした。
「おいおい! そりゃないよ!」
 スワンは、思わぬ展開に素っ頓狂な声をあげ、その場に尻餅をついた。ロンの拳がスワンの顔面に激突するかと思うや否や、寸前で止められ、スワンは難を逃れた。
「ぶはははは! 何だその間抜け面は」
「何なんだよお前は! 何考えてるんだよ!」
「これで気が晴れた。お前とハル様に関わらなければ、私は今でも普通に天使をしていただろうな。私の運命はお前とハル様によってすっかり変わってしまったよ。だから地獄に墜ちてずっと天使のままでいたら自分は何をしているのだろうか。って今の状況と比べていた。ずっとお前とハル様を恨んでいたのは確か。でも吹っ切れた」
「ロン君……」
「天使の時はここまで笑ったことなかったからな。素でいることは楽なことだ。お前もな。ベリー・コロンともあろうお方がここまで間抜けだとはな」
「だからベリーじゃないって……」
「それに天使がいかに愚かなのかも分かったしな」
「また俺の事?」
「いいや違う。地獄に墜ちたからこそ天使がいかに馬鹿なのか分かったといっているんだよ。お前もそう感じただろ?」
「ああそういうことね。でもな、俺も君もその馬鹿な天使だったんだぞ」
「そういうことだ。君と戦った頃の私がいかに馬鹿だったか気付いたということだ。天使だというだけで、罪人を見下して鼻で笑いやがって。あまりにも下品だ。品性の欠片もない。罪人だって尊い人はたくさんいるんだよ。ハル様のように。なのにそれを見抜けない癖に偉そうな態度を取りやがって」
「だから俺達もそうだったんだって」
「何度言わせるんだ。それは分かってる。つまりはだ、馬鹿な天使から抜け出せてよかったということだ。ハル様に感謝している」
「さっきは恨んでいたって……」
「いちいちうるさいな。天使みたいだぞ。理屈っぽくて。人の心というのは矛盾に溢れているものだ。お前も柔軟にならないと真実を見失うぞ」
「ごり押しだ……まあ分かったよ。昔の頭の固い君じゃないことがね。何か安心した」
「お互い大人になったということだ。それにしても、地獄に墜ちたお陰である種の悟りに到達するというのは皮肉なものだな」
「皮肉じゃないさ。真実は思わぬところに転がっている。ってやつだよ」
「そうだな。だからこそ、ここで結果を出したい。なんとしてもハル様には修羅地獄を突破してもらいたい」
「そうだな」
 しみじみと語るスワンが見つめる先は、無邪気に水遊びをしているハルだった。スワンだけではない。皆ハルを見つめながら思いを新たにした。
 その思いとは、ハルによって救われ、自分の信じる道を歩くことができることに対する感謝の気持ち。そして今度は自分がハルを支えていきたいという誓いであった。
「マユちゃん、こっちにおいでよ。気持ちいいよ」
 ずぶ濡れになりながらも笑顔で手招きしているハルを同様に微笑みながら見つめるマユ。側にいる笠木に目配せすると
「もうハルったら。子供みたいだぞ」
 と言いながらハルの元へ駆け寄った。
「だって、水遊びって久し振りなんだもん。マユちゃん嫌い?」
「嫌いじゃないよ。しょうがないな」
 マユはハルと同じく靴のまま湖の中に入ると
「きゃ、冷たーい。でもいいかも」
 と足をばたつかせながら、その冷たさを楽しんだ。
 この様子をリストは不思議そうに見つめた。
「こうやってみると二人とも子供なんだな……」
 リストは、神がかり的なカリスマのハル。天才的な頭脳のマユの二人に絶大な信頼を置いていた。ここぞというという時には痺れるような鋭い言葉を投げかける二人も見た目通りの無邪気な少女。そのギャップを今更ながら感じていた。
「そうやって人の揚げ足をとるのが好きなのがサドの浅ましさですか?」
「サディストを浅ましいと考えるのは、サディスト道を極めていない証拠。まだまだ甘いぞマユ君」
「極めなくてもいいんですけど……」
 呆れ顔で呟いたマユだが、その直後何か閃いたかのような顔を浮かべ、リストの方を向くと、ニヤリと微笑んだ。
「大人振るサディストはもてないんだから」
 そう言いながら、マユはリストの手を引っ張り、湖に引きずり込んだ。
「何をするんだマユ君。濡れるじゃないか」
「濡れていいじゃん。気持ちいいんだから」
 その直後、豪快にこけたリストは大きく尻餅をついた。ずぶ濡れのリスト。その様子を見たマユはゲラゲラ笑った。
「いたたた……こんなになったじゃないか」
 抗議をするリストだったが、そのまま座り込み、ふっと笑みをこぼすと、声を上げながら笑い始めた。
「ふははは、こんなことをしたのは、いつ振りかね? 童心に返った気分になるよ」
「ね? 楽しいでしょ? リストはいつも机にしがみついて腕組んでさ、うなってばかりじゃん。たまには全てを忘れてさ、馬鹿になろうよ」
 マユはリストの顔真似をしながら語った。それがハルにとっても面白かったらしく思わず吹き出してしまったが、リストの顔を見ると俯いてしまった。
「いいんですよ、ハル様。マユ君の言うとおりですから。ここは地獄。だからいつも叫び声ばかりが響き渡る。でもこんな穏やかな気分になれるとは」
「リストさん。ここが地獄でも、みんなが楽しもうとすれば楽しい場所になると思うんです。いつも笑っていれば、楽しくなると思うんです」
「……ハル様」
 地獄を楽しい場所にする。リストにはそんな発想は全くなかった。地獄は自分を苦しめるためだけに存在する。地獄の目的からすれば当然の結論かもしれない。でもハルは、それを当たり前のように否定した。リストは自分の発想を超えることを難なく口にするハルに畏怖すら覚えた。
「リストさん。もっと楽しみましょ。テンちゃん!」
 ハルは洞窟の天井を見つめると、テンの登場を待った。程なくして、六芒星を携えながらテンが出現した。
 テンの登場に歓声が上がった。ハルの歌を聴くことができると思ったからである。皆の視線が一点に集中した。リストもその一人。黙ってテンの演奏するバイオリンの前奏を待った。しかし一向にテンは演奏しない。ハルもまた疑問に思っていた。
「テンちゃん? 演奏してくれないの?」