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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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「お前本当に下品になったな。呆れる程に……」
「ほっとけ」
「話を続けるぞ。でも、私とやり合ったお前は変わってた。生気があったな。燃えたぎる程に」
「ああ……そうだね」
「ハル様を命がけで守っていたが、職を賭してまでそんな暴挙に出たことが、前のお前からするとつながらなくてな、あの時実は困惑していたんだよ。今だから言えることだけどな」
「そうだったの? そんな感じには見えなかったけどね」
「ハル様についていこうとする気持ちはよく分かる。私も同じだからな。でも氷の転生管理官だと言われていたお前が、どうしてそこまで変わることができたのか。ずっと疑問だった」
「ロン君……君はストレートすぎるぞ。何か尋問されているみたいで嫌だなあ」
「私はまどろっこしいのが嫌なんだよ」
「君が地獄行きになったのは、俺のせいでもあるし、まあいいか」
「早く言え」
「そう急かすなって。ロン君、千回詣って知ってるか?」
「ああ馬鹿にするな。これでも元天使だぞ。自殺者ががその罪を贖うために行う過酷な試練のことだろ? お前が担当していたものだよな?」
「そうなんだよ。俺がシステムの構築と管理をしてね、俺自身も出向いて立ちはだかってた」
「そうだよな。それは私も知っていることだ」
「まあ俺の知っている人間は、自分のことしか考えてなかったんだよね。なんだかんだ綺麗事を言っても最後にはみんな騙して自分だけが助かろうとする。そんな人間が汚く見えてね。こんなことハルちゃんとかマユに聞かれたら殺されそうだけどね」
 スワンはハルやマユを見渡して自分の言葉が聞かれていないか確認した。それぞれ自分のことに没頭していることを確認すると、スワンはホッと胸を撫で下ろし、ロンの方に向き直した。
「それが氷の転生管理官だと言わしめた所以だな」
「そうかもね。というか、そんな恥ずかしい通り名になってたの? 俺って」
「そうだぞ。知らなかったのは本人だけか? 滑稽だな」
「滑稽言うな。ハルちゃんとはそんな時に出会ったんだよな。ハルちゃんって自殺して死んでいるから千回詣を受けて、成仏したかったみたいなんだよね。それで俺のところまで辿り着いた訳」
「なるほど。それで?」
「まあ人間にがっかりしている時だったから、当然ハルちゃんもそんな人間だろうと思ったわけ」
「しかし、全く違っていた……ということか?」
「そうなんだよね。自分だけが助かりたい。そう思って来ていると思ったんだよね。でもハルちゃんは違ったんだよね。まず俺を倒さないと先に進めないと言ったんだけど、一切向かってこなかったんだよ。いくら俺が攻撃してもだよ。もう消滅寸前まできたんだから」
「ハル様らしいな」
「それで俺もびっくりしちゃてさ、どうしてそういうことができるのか聞いてみたんだよ」
「ほう」
 ロンにとっても興味がわくところ。ロンはスワンを見つめながら集中力を高めていった。
「成仏するのは天使になりたいからだってさ。それも人間全てを救うために」
「なんと……人間全てを救う……」
「人間全てを救うために成仏を目指すのに、人を傷つけては意味がない。そういうことみたい。自分がいくら傷ついても」
「夢物語ともいえる壮大なことを何の迷いもなく……か。それも自分のためでなくとならば尚更のこと」
 ハルのことだから、自分の知らないところで神がかり的なことをやってのけたに違いない。ロンはそう思っていた。確かにその通りだった。しかし、実際はロンの想像を遙かに越えていた。
「それだけじゃないんだよ」
「まだあるのか?」
「自殺した理由だよ。自殺って死にたいと思って初めて成立するものだろ? 何か辛いことがあって耐えきれずに自殺するとか」
「そうだな。ハル様にも何か絶望するものがあったということじゃないのか?」
「そう思うだろ? それが違うんだよ。ハルちゃんは、最愛の夫、庄次郎さんを利用しようとした奴らに誘拐されたらしい。自分の存在はその庄次郎さんの足枷になる。だから自殺したってよ」
「何! その夫の邪魔にならないように自殺したのか?」
「話を聞いたときは、俺も君と同じリアクションをしたよ。そういうこと。世の中に悲観したからではなく、何かに絶望したからではなく、何か不幸があったわけでもない。むしろ庄次郎さんと幸せな生活を誘拐される直前まで送っていた。そこに自殺する理由はまるでない。つまり、庄次郎さんのためだけを考えて死を選んだということ」
「最愛ってことは……ハル様は、その庄次郎さんの記憶は消されているな……」
「だろうね。断片的には思い出しても、名前とか顔とか思い出せないだろうね。庄次郎さんのために自殺という罪を負っても、地獄では全く忘れてしまう……厳しすぎる運命だ」
「それでも無邪気に明るく振る舞うハル様はなんとも……」
「でも、地獄に墜ちる前のハルちゃんは、罪を背負うことを全く後悔していないって言ってたよ。自殺して成仏出来ないという厳しすぎる現実を前にしてもね」
「そうか。そんな遣り取りをハル様としていたのだな。だから氷の転生管理官が……」
「氷の転生管理官って言うなよ。今の俺はただのスワンなの!」
 スワンは、過去の青い自分を執拗に浮き彫りにされている気恥ずかしさからか、ロンの言葉を途中で遮った。
「たくもう。それでさ、人のために犠牲になってさ、それでも構わないって言ってるし、人を救うために千回詣を頑張ってたハルちゃんがいてさ、俺はというと、人間を躊躇せずにいたぶるわけよ。下等なゴミだってね。どっちが天使らしいのかって話。ハルちゃんが自殺者として天使から差別され蔑まれていることに違和感を感じたんだよ」
「そんなハル様がどうして神仙鏡なんかを盗んだんだろうか」
「君も知っていたのか……俺ははハルちゃんが神仙鏡を抱えて逃げている所を発見したんだけどね、逃がしたんだよね」
「私は保安官だったからな、逮捕する被疑者の罪状は把握しているんだよ。それにしてもお前の立場でハル様を逃すということは、かなりの勇気が必要だったはずだ。もう覚悟は決めていたんだな」
「天使の論理に正義はない。ハルちゃんの光を知ってしまった以上、当然そういう結論になる。たとえ地獄に堕とされたとしてもそれは変わらない。そう覚悟を決めた矢先だったな。ああ、どうして神仙鏡を盗んだか俺には分からないよ。ただ、ハルちゃんがすることだから、それが罪になったとしても、それは正しいことなんじゃないかって思えたんだよね」
「まさに神仙鏡の盗難は罪。だから保安官としての私がお前の前に立ちはだかったってわけだ」
「あの時は、君と戦闘したくなかったんだよね。事が大きくなると面倒になると思ったんだよ」
「それは無理だ。ジュネリング強制失効の令が発令された以上、どうやっても逃れられんよ」
「そうだとは思ったけど、僅かな望みに賭けたんだよ。そういや君は俺に戦闘能力がないって見くびってたよな」
 スワンはニヤニヤしながらロンを見つめた。
「そりゃそうだろ? 保安官は根っからの武闘派だよ。いつも机でにらめっこしている事務官とは違う。でもお前は事務官でも千回詣の担当者。人間と戦闘するために力がないと務まらないんだよな。後から気付いたよ。誤算だった」