天上万華鏡 ~地獄編~
「はい。最終試験を受けるために現世に到達した罪人を捕らえて情報を入手しています。でも数百年に1人いるかいないかなのでかなり貴重な存在なんですよ」
「残念だが、我々は最終試験を受ける為に来たのではない」
見当違いのことを言っていると感じたネロは、交渉の余地はないと判断し、席を立とうとした。
「分かっています。あなた方が更に例外だと」
「ほう」
政宗がその先どんな言葉を発するのか興味をもったネロは、ニヤリとすると、ゆっくりと席に着いた。
「最終試験を受ける為に現世に到達した罪人なら、あなた方のように犯罪すれすれの行動はまずしない。地獄を抜ける直前でそんなことはしないはずですからね。それに最終試験の援助者として天使が同行するのが通例なのに対して、あなたはむしろ天使を敵視し、天使からの攻撃に身構えていた。このことから最終試験を受ける為に現世へ到達した罪人ではないと考えられる」
「するとどういう存在だと?」
「おそらくは何らかの方法で地獄から脱獄した存在。そうとしか考えられないですね。更に言えば、修羅地獄という言葉に反応した辺り、あなたの住処は修羅地獄だと推測できます」
伊達家の武士達の情報が全て政宗に集まっていた。その情報を政宗の類い希なる思考力で生かしていく。些細な時間の間にネロ達のプロフィールが丸裸になっていた。ネロは伊達家の力を改めて実感しつつも、どうしても腑に落ちない事があった。
「ご名答。よく短い時間でここまで分かったな。それでは聞くが、そんな我々をあなたの根城に招いたのはどんな意図があってのことか?」
「流石話が早い。我々伊達家とあなた達と五分の杯を交わしたい」
「五分の杯とは?」
「失礼しました。あなた方は日本の風習をご存じないんでしたね。つまり五分で同盟を結ぼうということです。同等の立場ということですよ」
ネロは和解を申し出られるとは思っていたが、同盟を提案されるとは思っていなかった。先程まで散々戦闘をしていた者同士である。そんな簡単なものではないと思ったからである。
「断る」
「まずは断ってから様子を見る。交渉術の基本。よく分かります。それでは手土産に教えて差し上げましょう。あなた方は、脱獄をされたのにどうして保護観察官から目を付けられなかったのか疑問に思ったはずです」
「聞いてなかったのか? 断ると言ったのだ。手打ちもしていないのに同盟なんぞ受け入れられるはずもないだろう?」
ネロは話の続きが聞きたいと思いつつも、安易に歩み寄るのも交渉を不利に進める結果となる。そんな思いから発した言葉だったが、政宗はむしろ笑みを浮かべながらネロを見つめた。
「いや、あなたは受け入れる。あなた方は、圧倒的兵力がありながら今の時代のことを全く分かっていない」
この言葉を聞いた親衛隊達は攻撃態勢に入ろうとした。しかし政宗はそれを初めから分かっているが如く、即座に口を開いた。
「貴殿等はまだ分かっておらぬか! 戦とは力のみにあらず。己の選択の先に何があるのか数十手先まで見通す目が必要なのだ! 貴殿等の浅はかな行動がいかに自分の首を絞めることか理解できぬほど阿呆なのか?」
親衛隊達は政宗の迫力に圧され、身じろぎしながら武器を降ろした。
「あなたの言う通り。我々は力のみでここまで這い上がってきた。無礼を許して欲しい」
「殿下! 伊達の非礼許すべきではありません」
「いや、伊達の言うことのどこに論理の破綻があるのか? 言葉を遮って銃を向けることこそ非礼。伊達と話をしている間、銃を向けたら私に対しても同様に反逆したと見なす。重々肝に銘じておくように」
「御意」
親衛隊達はばつ悪そうに俯きながら呟いた。
「申し訳ない。伊達さん、話の続きをお願いしていいか?」
「流石、話が早い。今の時代のことが全く分かっていない上に、情報の使い方を全く知らない。戦において力は単なる道具に過ぎない。大事なのはどうやって使うかということ。我が伊達家数十万の兵が見聞きした情報が全て私に集まってくる。その情報を私が分析し必要な結論を出す。そして適切な手を打つ。ネロさん。あなたに私は必要なはずです。あなたは我々と戦をしたことのみで私達と敵対し続けるという判断をするはずがない」
「じゃあその情報とやらで我々を倒せばいいじゃないか。我々はたった十五人。あなたの数十万の兵と比べればその差は歴然。それに戦は力にあらず……なんだろ?」
「ははははは」
政宗は腹を抱えて笑い出した。
「何がおかしい」
「我々があなた達に勝てると思いますか?」
「数十万の軍勢でもってすれば可能だと思わないのか?」
圧倒的な兵の数なのは明白。戦いにおいて兵の数がそのまま戦況に影響するのが当たり前の考え方。ネロは少数の自分達に油断して横柄な態度にでると踏んでいた。そこをねじ伏せることで一気に切り崩そうと。しかし政宗の反応は全く違っていた。
「それは無理です。私達伊達家の兵、数十万をもってしてもあなた方には敵わない。それはあなたにも分かること。そんな当たり前のことを伏せて私を挑発するなんてなんとも滑稽な」
たった十五人に数十万の国が落ちる。ネロには勝算があったとはいえ、通常ありえないこと。それを即座に見抜いた政宗にネロは興味をもった。
「あなたには誇りがないのか? たった十五人に数十万の兵が屈することがいかに屈辱的なことかと思わないのか?」
「私の誇りなんぞ塵みたいなもの。大いなる目的の前には取るに足らないものなんです」
「ほう。面白い。その大いなる目的というものを教えて貰いたいところだな」
「それはおいおいお話し致します。それよりどうしてあなた方が保安官から狙われなかったか知りたいと思いませんか?」
「そうだな」
「地獄に墜ちたということは、ジュネリング強制失効になったということ。でもあなた方の首にはジュネリングがある。ジュネリングは天使が管理していることから、あなた方は天使と交渉をしたことになる」
「ほう」
静かに頷きながら呟くネロを見て、政宗はニヤリとすると話を続けた。
「しかし、新宿駅で保安官に遭遇したあなた方は臨戦態勢に入ろうとした。つまり天使と同盟を組んで仲間にしたのではなく、ただ地獄から脱出できただけにすぎない。つまり保安官からは追われる立場になったということ。罪名は何か。それは粗方脱獄辺り……そうでしょ?」
「ご名答。しかしそこまでは我々にでも分かっていること。本題はその先だな」
自分のことを全く話していないのに、ここまで推理することができた。ネロは先の言葉を期待せずにいられなかった。
「その通り。本題をお話ししましょう。脱獄の罪で追われると言われながら、保安官は追わなかった。それは、脱獄の罪であなた達を追わせると困る人がいるからでしょう」
「誰だそいつは」
「おそらくは、あなた方に脱出する便宜を図った者」
「ジャッジ・ケイか……いや許可したのはカロル・ジンガ……」
作品名:天上万華鏡 ~地獄編~ 作家名:仁科 カンヂ