天上万華鏡 ~地獄編~
「移動は機動力に直結する。電車に乗る場所と隣接していた方がよりその機動力を生かせるのではないか?」
「あなた様の仰ることは当然でございます。しかし、この上野駅は私達が制圧しているとしても、敵と縄張りが隣接しています。国境に居城を構えるのは得策とは言えません」
「敵? あなた達の敵とは?」
「帝国陸軍です。私達侍の後に台頭した軍隊……地下鉄のほとんどを制圧しています。この上野駅にも帝国陸軍の縄張りである地下鉄が通っています。帝国陸軍にはほとんど上野駅に手出しができないとしても予断が許されない状況です」
「なるほど。移動の要であると同時に国境の砦となるわけだな」
「左様でございます」
伊達家の武士が溢れせわしく動き回っている側で多くの生きた人間が行き来する。二つの世界が交錯する中でネロ達は改札口に着こうとしていた。そこは公園口。目の前には上野公園の緑が広がっていた。
「根城らしくなってきたな」
ネロは、公園口前の道路を渡りながら呟いた。目の前にある上野公園では、伊達家の武士達が築いた竹垣や門、たいまつ、そこを守る番人など城を守る武士さながらの様相を呈していた。
横断歩道を渡るとすぐに門があり、伊達家の者しか通れない仕組みになっていた。ネロ達は伊達家の者ではないが、只野の導きにより中に入ることができた。
武術訓練をする者。新たに城壁を造築している者。中はまさに伊達家の領地と言わんばかりの光景が広がっていたが、同時に人間は憩いの場として利用していた。芝生に腰掛けるカップル、道沿いで楽器を演奏する大道芸人、鳩と戯れる少女。
「純子! 鳩を追っかけると可哀想じゃないか」
「だって面白いんだもん。武志君」
緊迫した武士達と、ほのぼのとした人間達が混在する異様な光景が展開されていた。しかしこの光景が異様だと思うのは人間の発想。霊達からすると当たり前のことだと気に留めることもなかった。それはネロ達も同じ事。人間達の動きには目に留めずただ伊達家の動きに注目していた。
伊達家の武士達がどのような配置をしているか、どんな守りをしているのか、城壁や門の様子、兵の数などから伊達家の兵力を推し量ろうとした。
「殿下、ジパングの武士というものは、統制がとれているようですね。訓練もぬかりなさそうだ……」
「そうだな。まるで君主に心から忠誠を誓っているようだ。何を以て忠誠心を高めているのか……ローマ帝国のように恐怖を強いているわけではなさそうだが」
ネロと親衛隊達は伊達家の統制の取れた動きに興味を示した。
「武士は主君に忠誠を誓うことを美徳とします。自らの命を投げ打ってでも主君を守ろうとするのです。これが我々の誇りなのです。だからこそ主君は臣下の思いに報いるため、命がけで国を守る。あなた様の国にはこのような風習はなのですか?」
ネロは無表情で只野の言葉を聞きながらも内心は息を呑んでいた。自分がいたローマ帝国は強大でありながらもそれは力によって保っているもの。少なくとも主君のために命を張ろうとする者はいない。隙をみては強大な支配から抜け出そうと躍起になるものがほとんど。軍事力では負けない自信がありながらも組織としての統率力は足下にも及ばないことを実感していた。
悔しい思いと強い興味。ますます当主の伊達政宗に会いたくなった。
「見えてきました。あそこに見えるのが我が伊達家の居城です」
噴水や芝生がきれいに整備された先に、一際大きい建物が姿を現した。バロック調で西洋風の重厚な佇まいがありながらも屋根は瓦葺きで和風。威風堂々とした姿は圧倒的な存在感を示していた。
そこは東京国立博物館。日本最古でありながら最大の博物館である。当時日本の威信をかけて造られたもので、建物も一級品だった。この博物館を伊達家は根城としていたのである。
「ほう。根城としては申し分ないな」
東京国立博物館の本館に近づけば近づくほど建物の存在感は大きなものになった。ネロ達は入り口近くにある階段を上がり、入り口の扉をくぐった。
入り口付近は大理石の床で豪華な内装でありながら、すぐ目の前に大きな階段があり、天井まで吹き抜けになっていた。開放的でありながら優雅な佇まいは伊達家の権威をネロ達に示すには十分だった。目を丸くし、きょろきょろしながら歩く親衛隊に対し、ネロは無表情を崩さずにじっと前を見据えていた。
只野は入り口前に堂々をそびえる階段を上ると、すぐ側にある一際豪華な部屋にネロ達を通した。この部屋は当時の天皇や国賓級の外国要人が東京国立博物館を利用する際の控え室になっている場所で、博物館の中で最も煌びやかな所だった。
「当主、ネロ様及び家臣を連れて参りました」
「ご苦労であった」
そう言いながら振り返る者。身長は百七十センチ程で中背。きれいに整えられた髪に一際大きい髷があった。背筋がピンと伸び、あごや首の動きは能の舞手の如くあでやかだった。ニコッと笑うその瞳は優しくもあり、その奥には鋭い眼光を光らせていた。
伊達政宗である。
史実では、幼少時の病気により隻眼になったとあるが、この政宗は両目をしっかり開いておりその面影はなかった。
「よくはるばる来ましたね。私が伊達政宗です。ささっ、どうぞ」
政宗は、自分の対面に位置する椅子にネロを促した。ネロは黙って椅子に腰掛けると政宗をじっと見つめた。
「政宗さん。我々に一体どんな話を?」
「早速本題を……ってことですか? 聞いていたとおり気が早いお人だ。まあいいでしょう。あなた方は地獄から来ましたね?」
ネロ達は現世に来てから誰にも自分達の身元を明かしていない。自分達の本質にあたる部分をいきなり言い当てたことにびっくりし、親衛隊達はその不安から咄嗟に拳銃を向けた。
幾つもの銃口を向けられる政宗。先程までのにこやかな笑顔から一転、鋭い眼光を光らせると
「喝!」
と叫んだ。この言葉に怒気が乗り、親衛隊達を吹き飛ばした。
「行動は常に最善であるべき。そのために正確な情報、適切な判断を行う必要がある。あなた達の行動は思慮に欠ける。その浅はかな動きの足下をすくうのはたやすいこと。未熟と言う他ない」
元の温和で滑らかな口調に戻った政宗だったが、その言葉は鋭い刃となり親衛隊達に突き刺さっていった。
「臣下の非礼お詫びする。あなたの言う通り未熟だと言わざるを得ない」
ネロの顔に泥を塗ってしまった。そんな思いから親衛隊達はその場にひれ伏した。
「表を上げてください。私はあなた達と事を構えるために、ここにお呼びしたのではない」
「ありがとうございます。さて、我々が地獄から来たとどうして分かったのか」
「あなた方が新宿駅にあるヤコブの梯子から来たということは、草から聞いています」
「草?」
「はい。我々伊達家の隠密です。主に諜報活動と破壊工作を任務にしている者です。」
「ほう」
「ヤコブの梯子を使うのは通常天使のみ。しかし、例外も存在する」
「例外?」
「はい。それは、修羅地獄という地獄を突破した罪人が煉獄に渡るための最終試験を受けるため」
「政宗さんは、修羅地獄を知っているのか?」
作品名:天上万華鏡 ~地獄編~ 作家名:仁科 カンヂ