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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|107ページ/140ページ|

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 その瞬間、南条の体は炎に包まれた。
 ジュネリングは現世に留まることを許される証。それがなくなれば、現世に留まる権利が自動的に奪われ、地獄に転送される。霊の体、つまり幽体が発火するのは、地獄に転送される前触れにあたる。幽体が完全に燃え尽き、現世にその存在が無くなるのが、転送が完了したということなのである。
 ネロ達も南条と同じ体験をして地獄に転送された。それは保安官に屈した瞬間でもあり、屈辱の記憶なのである。南条の幽体が燃え、地獄に転送されることが決定的になった姿を眺めながら、ネロ達は天使に対する敵意を新たにした。
「保安官は我々を捕らえる気がないようだ。これより余計な警戒をせずとも目的を達することが出来るようになったと断言する」
 そう言いながらネロは、真之介の誘導を待たないまま電車に乗り込んだ。後を追うように乗り込む親衛隊達と真之介。その直後、電車はゆっくりと動き出した。
 ネロと親衛隊達は、初めて乗る電車の中にいて顔を強ばらせた。ある親衛隊は中吊り広告や路線図など見慣れぬ印刷物に目を丸くし、ある親衛隊は流れゆく景色に目を輝かせた。まるで電車に乗って喜ぶ子供のように興奮をあらわにした。
 驚きのあまり立ち尽くす親衛隊に対し、ネロは乗客の人間を眺めながら考え込んでいた。
「こんな便利なもの、私だったら独占しようとするだろう。私と同じことを考える者はいないのか……もしくは余程のお人好しなのか……ジパングの霊達の考えることは理解に苦しむ」
 ため息をつくネロ。丁度同じタイミングで、ネロの目の前にいる人間に変化が現れた。その人間とは、座席について居眠りしているサラリーマンだった。四十代で白髪交じりのサラリーマンは、仕事で余程疲れていたのだろうか。悲壮感を漂わせながら熟睡していた。そのサラリーマンの首筋から一筋の煙がもくもくとたちこめたかと思うと、それが目つきの鋭い武士をかたどった。
 憑依霊である。
 人間に取り憑いて目的を果たそうとする霊で、大体は対象の人間の精神を乱し、自殺を誘発させたり、不幸の底に落としたりして快楽を満たそうとする。しかし、これは天界において憑依禁止法により厳重に取り締まられている。先程地獄に堕とされた南条も同法違反により罰せられたのである。
 この憑依霊は、憤怒の形相でネロ達の前まで歩いていくと、いきなり叫びだした。
「この山手線は伊達家の縄張りである。お主等の所業はそれを分かってのことか!」
「やはり。そういうことか。皆の者戦闘準備にかかれ」
「御意」
「あわわわ……申し訳ありません。まさか伊達の縄張りになっているとは……前までは……そういえば、駅の中やホームが砦のようになっていた……武士もいつもより多く……」
「よい。ならば制圧すればよいだけの話」
「制圧って……こんな戦力でそんなことができるはずないでしょうが!」
 伊達家は鎌倉時代から名を馳せた名門の武家。組織としての規模も計り知れないものがある。そんな壮大な武力に対して、たった十五人で対抗するのはどう考えても無理がある。真之介はそう思ったのである。それが当たり前の考え方。そこに生きる霊だったら誰しもが思うことである。
 また、真之介の言う通り、駅構内が戦場にある砦や戦陣のような建物が多くあった。当然それは霊的な物質によるもので実際のものではない。しかし、ネロ達は駅そのものを知らなかったことやジパングの摩訶不思議な様相に気が囚われ気付かなかった。
「真之介。あなたは我々のことがよく分かっていないようだ。軽はずみな発言は身の破滅を招くと心得た方がいいな」
――――バン!
 ネロの方を向いていた真之介は、聞き慣れない火薬音に驚き、その音の発信源に顔を向けた。そこは、拳銃を伊達家の霊に向けている四人の親衛隊だった。
――――パン! パン! パン! パン!
 次々と発砲する親衛隊達。真之介は、慌てふためきながら、伊達家の霊を見つめた。伊達家の霊、何発も弾が命中して見るも無惨な格好になっていた。真之介を始め、この場にいる霊は武家時代に活躍した者達である。火縄銃の存在は知っていても、拳銃などの近代的な道具なんて知る由もない。
 当たり前に強力な武器を使うネロ達に真之介は戦慄した。しかし、まだネロ達の攻撃は序の口だった。
「諸君。敵は更に増えていくだろう。生きている人間から憑依霊が出てくるのは目に見えている。徹底的に駆除せよ」
「御意」
 親衛隊の一人は、素早く機関銃を幻影として作り上げ、他の親衛隊に投げ渡した。またある親衛隊は、床に手を置き
「我が精霊、セルポップに命ず。我を取り巻く結界となりて我を守るべし」
 と言うと、ネロ達の周りをシャボン玉のような透明な膜で覆い、結界とした。
 またある親衛隊の首もとから戦車の砲台が現れた。
 同時に、先程の伊達家の霊がいた人間の隣にいる人間の首から別の伊達家の霊が現れると
「それは宣戦布告と受け取っていいのだな? 我々はお主等を捕らえ、未来永劫奴隷として屈辱の日々を送らせてやる。くっくっくっくっく」
 この言葉の直後、どこからともなくホラ貝の音が鳴り、それを合図として、乗客の人間の首筋から一斉に伊達家の霊が飛び出してきた。全車両にいる伊達家の霊が一斉にネロ達を襲ってきた。その数、数百。刀を抜いて
「うおおおおおお!」
 と雄叫びを上げながら突進してきた。
「攻撃開始」
 ネロの号令の元、親衛隊達が構えた火器が一斉に火を噴いた。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
 被弾して痛みの余り這いつくばる伊達家の霊達。累々と横たわる伊達家の霊達が積み上がっていった。それでも次々と伊達家の霊達はネロ達に襲いかかる。しかし、火器の前に為す術もなく倒されるのみ。ネロ達は無傷だった。
「ジパングに住む人間はこれほどまでに発達しているのに、霊は全くの無力なのか。恐るるにたらぬ。無力なのに我々に刃向かおうとはな。無知は罪なり。罰を受けて貰おうか」
 と言うと、ネロはそばに倒れる伊達家の霊の胸ぐらを掴んで起こすと、ジュネリングを人差し指でなぞった。
「ジュネリングが壊されたら、あなたは地獄行き。我々に牙を剥くからには、それぐらい覚悟しているよな?」
「そ……それだけは……それだけは……」
 慌てふためき、脅える伊達家の霊を前にして、ネロは冷たい笑みをこぼした。
「駄目です……天使でないのにジュネリングを壊したら、あなた様も天使に追われて地獄行きですよ!」
 ジュネリングの天使以外の破壊は、入国管理規則第四十九条により禁止されている。憑依禁止法違反など、現世に留まる霊達が犯しがちな他の罪より重くなる傾向にあった。いくら霊達で抗争をしようとも、ジュネリングを争いのネタにしないのはこのためだった。
「真之介、あなたはまだ勘違いしているようだ。我々は天使に屈する事なんてないんだよ。もし天使が攻めてきても返り討ちできる公算があるのだ」
 ハッタリではない自信に満ちたその表情に真之介は畏怖を覚えた。これまでネロ達は常識を越えることを、涼しい顔をしながらやってきた。もしかしたら天使に対抗できるのも満更ではないのかもと思えるようになってきたからである。