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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|105ページ/140ページ|

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 暫くすると空からネロ達の聞き慣れない轟音が響いてきた。驚いて見上げるネロ達。その視線の先にあるのはジャンボジェット機だった。
「何だあれは!」
 ネロの脳裏をよぎったのは言いようのない不安だった。時間が現世を変えたのか、それとも日本が自分の想像を遙かに超えているか分からない。兎に角自分の知る現世ではない。よって自らのミッションを達成するのに思わぬ障害が立ちはだかるのではないかと思ったからだった。
「皆の者、我々はジパングという国に不慣れだ。だから皆の者も目の前にあることについて理解に苦しんでいることだろう。さしあたっては、ジパングという国がどういうものなのか探るのが先決」
「ネロ様、仰せの通りでございますが、畏れ多くも申し上げます」
「よい。申せ」
「この国の調査を進めるのが肝要なのは、仰せの通りです。そのためにも、まずは根城を定めるとよろしいかと」
「なるほど、一理ある」
 ネロは、親衛隊の一人が発した言葉に頷きつつも、どうやって根城を定めるのか考えていた。
「私もジパングのどこかに根城を構えるのがよいと心得る。さしあたってその場所を定めるにあたり、ジパング人らが向かっている方向に進んでいくとしよう。皆同じ方向に行くのは、その先にジパング人にとって大事な何かがあるからだろう」
「御意」
 意見を同じくしたネロ達は、街を行き交う日本人の多くが向かう先。東京駅の駅舎内に向かおうとした。すると、ネロ達を取り囲むように、その当時を生きる日本人とは明らかに違った者達に囲まれた。
 この者達は、人の形をしているものの、その姿は人間離れしていた。
 蛇の体をしている女。内臓が飛び出た武士。手が六本ある少年。四つん這いになって叫び回る男。
 この者達は、死んでも成仏出来なかった霊だった。成仏出来ないほどの強い未練、もしくは自殺をしたために成仏できなくなった絶望感から、その心に見合った姿に身を変えたのだった。精神性がその姿を表す。これが肉体から離れた死者に付きまとう法則なのである。
 その浮かばれない霊達は、ネロ達の予期せぬ来訪に敵意を向けたのである。しかし、当のネロ達は狼狽える様子もなく、
「雑魚め」
 と、ため息混じりに呟くのみ。動揺の欠片もなかった。
「雑魚よ去ね」
 ネロから指図されるまでもなく、親衛隊は鮮やかに浮かばれない異形なる者達を斬りつけた。
「ぎゃーー!」
 圧倒的な戦闘力の前に、ひれ伏すしかない異形なる者達。ネロは地面を這いつくばっている異形なる者達を眺めながら、
「とどめは刺すな。この者達を奴隷にすれば、ジパングの秘密も分かるからな。ジュネリングに紐を繋げれば絶対服従するだろう」
 と言いながら、ニヤっとした。親衛隊の者達も、ネロの魂胆が分かったのか、同じくニヤっとした。
 恐れおののいたのは、異形なる者達だった。ジュネリングを紐で結ばれれば、逃げようとしたり、抵抗したりすれば紐が突っ張り、その力でジュネリングが壊れてしまう。そうなれば問答無用で地獄行きだ。
 異形なる者達は、ネロの言う通りの境遇になったらたまったものじゃないと、ジリジリと後ずさりした後、一斉にその場から逃げるように立ち去ろうとした。それを見逃さずに追い打ちしようとする親衛隊達。しかしネロは制止した。
「ようよい。目立ってしまうと天使共に我々の存在が明るみになるではないか。必要以上に傷つけるでない。私は目的達成の為に手段を選ばないが、余計な責め苦を与えることに快楽を見出さない。快楽に溺れると、いつの日か足下をすくわれるぞ。あなた達も肝に銘じておくように」
「御意」
 親衛隊達は、ネロに跪き、その言葉に身を震わせた。快楽に溺れる下品な輩ばかりの地獄において、常に誇りを忘れずに自らの美学を追究する。冷徹な瞳の奥に潜む揺るがない信念は、親衛隊達の忠誠心を確固たるものにしていた。
 ネロとは、彼の死後、ローマ帝国随一の暴君として悪名を欲しいままにした人物である。しかし言い伝えられている暴挙は、後の世を築く者達が都合の良い歴史を作り上げるためのねつ造。いつの世にもある嘘である。
「さて、そこで脅えるあなた。ジュネリングに紐をつながれて、恐怖におののきながら我々に従うのか、それとも、私に忠誠を誓うことを条件として、紐でつながれることのない道を選ぶか。どちらがいい?」
 ジュネリングに紐を通され、いつ地獄に堕とされるとも分からない恐怖を味わうことになると思い込んでいた一人の異形なる者は、思わぬ提案に言葉を発せずにいた。
「殿下、畏れ多くも申し上げますが、そんなことをせずとも、紐を通せばよいではないですか? 既に私めが紐を準備しております」
 と言いながら紐を差し出す親衛隊。この者は思いのままに必要なものを幻影として作り出す能力があった。そのために親衛隊としてネロに同行することを許された。今こそ自分の出番だと思っていたため、ネロの懐柔策に眉をひそめたのである。
「先に恐怖を与えると、それを逃れるためには何でもする。そんな心理の流れが忠誠心を生むんだよ。恐怖心に身を震わせるしかなかったはずなのに、それを温情により回避できたとね。強制は、必要な方向に力を流すことができるが、言われるまましかできなくなる。しかし、忠誠心は創造力を生む。こちらの方が生産性が高いと思わないか?」
 ネロに異議を申し立てた親衛隊はネロの言葉に敬服すると同時に、自分の浅はかな功のためにネロの真意を量ることができなかった恥ずかしさで体を震わせた。
「申し訳ありません!」
 と、地面に額をこすりつけることしかできなかった。
「よい。私の真意を話す機会を得ることができた。それでよい」
 ネロは、親衛隊に一瞥すると、異形なる者を見つめて返答を迫った。
「ひ…紐だけはや……やめてください」
「ということは、私に忠誠を誓うということだな?」
「は……はい!」
「よろしい。名を何という」
「真之介といいます」
 この真之介という者。鎧甲冑に身を包み、頭はちょんまげがはだけていたために、その髪は肩まであった。いわゆる落ち武者の格好をした真之介は、ネロ達にとって特異な存在だった。
「真之介とやら。皆が向かっているあの建物は何だ?」
 ネロが指さしたのは新宿駅だった。
「あれは、駅でございます」
「駅……とな?」
「電車という乗り物が行き来する場所でございます」
「電車……とな?」
 ネロ達にとって電車は未知の乗り物。真之介の言葉だけでは、理解することができなかった。
「真之介! あの鉄の生き物は何だ!」
「あの大きい人間もジパング人なのか?」
「あの小さい太陽はどういうことだ!」
「あの……順番に言っていただかないと……」
 日本のことについて知りたいのはネロだけではない。他の親衛隊達も真之介に対して矢継ぎ早に質問した。
「真之介も困っているだろ? 聞くのは後にせい。今は根城を定めるのが先決」
「御意」
「真之介、その……駅という所に行く。案内せい」
「あ……はい。こちらへ」
 ネロ達は、真之介の案内により、駅構内へと進んでいった。淡々と歩く真之介に対し、ネロ達は全てが未知のもの。目を丸くしながら歩いていった。
「あの者は、歩きながら奇怪なものを食べているぞ」