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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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「二人ともどうでもいい痴話喧嘩はそれぐらいにしてくれないか。そろそろ本題に戻ってもいいかい?」
「リスト! 痴話喧嘩ってそれじゃ私と白鳥君がいい関係みたいじゃない。吐き気がするわ」
「こっちの方が願い下げだ」
「もう。二人とも……」
 二人の喧嘩にハルが割って入る。いつもの光景が繰り広げられていた。
「話を続けるよ。体といっても生首です。首から下は残念ながら見付かってません」
 申し訳なさそうに話すリストにハルは首を横に振りながら、
「首だけでもいいです。その方の口から居場所が分かるかもしれないし……」
 と、目を輝かせた。
「そうなんです。それにローマ帝国の情報を手に入れることができるかもしれません」
「なるほど。それはいいね。それでその生首はどこに?」
「カルバリンの砦だよ。マユ君ならそういうだろうと思ってね、私の幻影によってもう目と鼻の先まで運ばれているよ」
「リスト流石だね。ぬかりない」
「マユ君。褒め言葉は目的を果たしてから。サディストにあるまじき行為だぞ」
「だからサドじゃないって……」
 うなだれるマユ。そこに申し訳なさそうに笠木が入ってきた。
「リスト、その幻影が転送ポイントまで教えてくれ」
「丁度今着いたようだ。ポイントGだ」
 二人の会話を他の者は首をかしげながら聞いていた。
「ポイントGとか何のことだよ」
「あ……スワン様、説明が遅れました。この洞窟は外には繋がっていません。だから私による転送が必要になってくるんです」
「笠木さん、そういうことは早くいってくれなきゃ。作戦練られないじゃん」
「申し訳ありません、マユ様」
 苦笑いをしながら退出する笠木をマユはため息をつきながら見送った。
「マユ君。笠木はポイントGに向かったようだ。じきにブツが届く」
「あのさ、俺思うんだけど、どうして笠木さんは、わざわざポイント何とかってところに行く必要あるのかな?」
「スワン君。君は救いようもない馬鹿だな。ポイントに行けないと、対象を洞窟の中に入れることができないじゃないか。はあ、ハマス共和国じゃなくて、ハマ共和国にするべきだったな」
「リスト……そうじゃなくてさ、わざわざ笠木さんが出向くんじゃなくて、ポイントが分かってるんだったら遠隔でできないのかって言ってるの。いちいち出向いていたら何カ所も一気にできないし、一刻を争う時なんかそのロスは命取りだろ?」
 どうせスワンが言うことだからと、聞き流していた皆だったが、至極まともな意見にだと気付くと真顔になってスワンを見つめた。
「え? 何だよ! だってそうじゃないか!」
「いや、白鳥君にしてはまともなことを言ってると思ってね、確かにその通りかも」
「確かに盲点だった」
 リストはマユと同じく、スワンの考えに理解を示した。
「盲点とかじゃなくてさ、無理なのどうなの?」
 マユは、確かにそうだと言わんばかりに小さく何度も頷きながらリストの言葉を待った。
「現状では無理……いや無理だったというべきか。俺もそうだが、笠木には遠隔で転送を操作するという発想がなかったんだよ。遠隔でやるという発想をもとにシステムを構築すればあるいは……」
「白鳥君にしてはいいこと言ったじゃん。これでますますハマス共和国は強くなるよ。ほーほっほっほっほっほ」
 高笑いするマユに対してハルは不安な顔を覗かせた。
「マユちゃん……強くなるって……」
「ハルは心配性なんだからぁ。攻撃力じゃなくて守りが強くなるって事。やばくなった人を洞窟に手際よく転送できたらたくさん救えるでしょ?」
「そっか! マユちゃん頭いい!」
 ハルの言葉に気をよくしてにやけるマユを冷たく眺めているスワンは、
「アイデアは俺が考えたんですけど」
 と呟いた。
「小さい男だね。だから白鳥君はだめだって言われるんだよ」
「俺も同感だ」
 マユとリストのダブルで恫喝されるとスワンは為す術もなかった。
「何だよ二人して……」
「また始まったよ……」
 と、リンがいつもの風景を見ながらため息をついたと同時に、笠木が両目がくりぬかれている生首を手にして戻ってきた。
「あ……ぬああああ……誰だ……誰ですか? 誰? あ……ちゃああああ!」
 目玉がくりぬかれている生首という風貌もさることながら、狂気に取り憑かれた様は不気味な雰囲気を醸し出していた。皆、その異様な光景に息を呑んだ。
 でも、ハルだけは一切顔色を変えず、黙って縛られている眼球を手にした。
「もう大丈夫ですからね」
 と言いながら微笑むと、ハルは手にした眼球をゆっくり生首の目の部分にはめ込んだ。目玉の存在に気付いてから、その存在は謎だらけだった。皆同じ疑問をずっと抱いていた。その謎の一端が今ハルによって解き明かされようとしていた。
――――ねちょ……ぴちゃ……ねちょねちょ……
 粘液が擦れあう音を響かせながら次第に顔と眼球が結合してきた。それまで狂気に満ちた叫び声をあげていた生首も思わぬ変化に口を閉じ、状況把握に全集中力を傾けた。
 その後、皆が自分に注目していることに気付いたロンは、ローマ帝国の情報を吐かせるために酷い拷問をされるのではないかと真っ先に思い戦慄した。
 しかし、目と顔が合体したことを実感すると、久しぶりの眼球が動く感覚に喜びを隠せなかった。
 目から止めどもなく流れていた血液も眼球との合体により本来あるべき場所に戻り、顔の傷は完全に修復された。ロンの顔が整っていくにつれ、ハルやスワン、笠木の顔色が変わってきた。
「え? 天使……様?」
 思わず呟くハルを一瞥して再度ロンを見つめるスワンは、
「ロン君だったのか……」
 ハルと同じことを考えていた。
「どいういうこと?」
 二人が何のことを言っているか分からないマユだったが、三人の様子だと余程のことだろう。その思いから事情を把握する必要があると結論づけた。
「この天使様は私のために地獄に……」
 これだけでは何のことだか分からない。しかし、ただならぬ事情があることは明白。状況が一向につかめない皆は、口を閉じるしかなかった。そんな中で一人。
「天使の浅はかな考えでハル様を謀り、そして危害を加えようとした。ところが返り討ちにあってこのざま。あらかたそういうことだろ?」
 リストだけはロンを侮蔑した表情を浮かべながら言葉を吐いた。
「それで、地獄の罪人達に忌み嫌われてこの始末。当然だな」
 天使は地獄において有無も言わせずに責め苦を与える。罪人からすると憎しみの対象。リストの言葉はロンを侮辱する言葉だったが、異を唱える者はいなかった。ただ一人を除いては。
「リストさんやめてください!」
 ハルは、ロンの生首を抱きかかえるようにして守りながらリストに抗議した。
「天使様は、私のために地獄に墜ちたんです。私が悪いんです。だからそんなこと言わないでください」
「ハル様……」
「いいや、ロン君を追い詰めたのは俺だ。俺がロン君を攻撃して瀕死の重傷を負わせた。だから地獄墜ちになったんだ。ハルちゃんの責任じゃないから……」
「だから! 事情を説明して!」
 マユは、自分をおざなりにして話を進めている二人に業を煮やして怒りをあらわにした。