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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|101ページ/140ページ|

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 威勢のいいかけ声と共に前に出て、カリグラに跪いたこの男。ハル達が修羅地獄に来たばかりの頃、ジョニービル壁文前で対決した、ゴーレム使いの傭兵隊長だった。敗戦の咎を敬愛する当時の辺境伯へ被せられ、その晒し首の前でカリグラへの復讐を誓ったのは記憶に新しいことだろう。
 ユダは、燃えたぎる復讐心を胸に秘め、冷たい眼差しを浮かべながら玉座に座っているカリグラを見つめた。
「ユダさん。あなたの考えていることは手に取るように分かる。その無表情の奥にたぎる悪意を見れば一目瞭然だね」
 そう言うと、カリグラは頬をピクリと動かすだけの冷たい笑みをユダに投げかけた。それをひるむことなく受け止めるユダ。静かでいてただならぬ殺気を放つ二人に周りは凍り付いた。
「ご冗談を。私は陛下に忠誠を誓った身。そんなこと絶対にありません」
 カリグラの殺意を一身に受けながらも、眉をぴくりとも動かさずに見つめるユダ。しかしその心中は複雑だった。自分がカリグラに向けられた憎悪に気付きながらもジョニービル辺境伯という地位を与えようとしているのか理解できなかったからである。
 反逆心のある者を徹底的にいたぶる。これがカリグラの地位を確固たるものにしている所以でもあった。恐怖による支配。これがローマ帝国を言い表す言葉なのである。だからこそ、自分の復讐心が白日の下に晒されたユダは、身の破滅を覚悟したが、カリグラの様子から自分の行く末が分からなくなった。
「ユダさん、いいんだよ。むしろ私はその感情を評価しているんだよ」
 その言葉を聞いたユダはその意図を推し量ることができず、目を細めながらカリグラを見つめるしかなかった。
「あなたは、私に忠誠なんぞ誓ってないよね? 忠誠を誓っているのは前辺境伯だ。奴は臣下思いの名君か? 虫唾が走るねえ」
「そのようなことはございません」
「隠さなくてもいい。私は咎めやしないよ。でもね、前辺境伯の臣下思いの生ぬるいやり方が、本来卓越した力をもっているはずのあなたの力を鈍らせた。それを憂いていたんだよ。ジャンさん例のものを」
 そう言いながら目配せすると、ジャンは手の平ほどの木箱をカリグラに渡した。
「ユダさん。これが何だか分かるかい?」
 同時にその木箱の蓋が開けられた。中には脳味噌が一つ、透明で粘り気のある液体に浸されて収められていた。その脳味噌を目の当たりにしたユダは、これまでの記憶からある一つの結論に帰結した。
「まさか……伯爵様の……」
「その通り。察しがいいね。君が忠誠を誓うこの者の脳味噌だよ。君の能力を埋もらせた張本人。使えない人だったけどね、君の覚醒に必要なアイテムになるという意味では役に立った」
 そう言いながらカリグラは脳味噌を手に取ると、自分の目の前に投げつけた。
「脳味噌を取り出したら残った体は全く機能しなくなる。逆に脳味噌だけあっても何もできない。こうなったら惨めなものだね」
 怒髪天を突くとはこのだろうか。そう言わざるを得なかった。ユダは表情こそ無表情を保っていたが、手は細かく震え、不規則に鼻息が漏れていた。暫くすると床がぐらぐら動き出し、下から生き物のようなものがうごめく程の存在感を示した。まさに今にもカリグラを攻撃しそうな勢いだった。周りの者はその変化を即座に察知し、一斉に拳銃を向けた。対してカリグラはむしろ更なる笑みを浮かべユダを見つめた。
「まだ気付かないのかい? 私はその憎悪に染まったあなたに期待しているんだよ。ぬるま湯に浸かったあなたではなくてね。そのために前辺境伯は犠牲になったんだよ。あなたが覚醒させるためにね」
「なんですと!」
 思わぬ言葉にユダはその場にへたり込んだ。自分の存在が辺境伯を破滅に追いやってしまった。その思いから、憎悪の矛先がカリグラから自分自身に向かった言った。
「私に対する反逆心は、認めてやろう。しかし、行動に移した時点で君に耐え難い苦痛を与えることになる。この脳味噌を再生不能にするのもよし。あなたの部下の脳味噌を全て摘出するのもよし。あなた以外の者達に耐えがたい苦しみを……同時にあなたはそれ以上に苦しむことになる。でもあなた自身は五体満足。極限に追い込まれながら更に君は力が覚醒しているんだよ」
 ユダはカリグラの意図を知り愕然とした。自らに背負わされた十字架の重みに押し潰されそうになった。カリグラに復讐を誓ったあの時とは全く違っていた。自分が進む道は明らかに茨の道。目眩がする程に気が遠くなりそうになりながらも必死にカリグラに対する復讐心を取り戻そうとした。
「ユダさん? あなたほどの者が、私の些細な意地悪に屈するほど柔ではないと思っていいよね?」
 カリグラの言葉を聞いて伏せていた顔をそっと起こし、静かに微笑むと
「勿論でございます」
 と、覚悟の炎を点した。
 ユダと同じく窮地に追い込まれている者がもう一人いた。その者は、ハマス共和国の会議室の柱に縛られていた。
「こいつどうする?」
 スワンが指さすのは少し前までリストと情報戦を繰り広げたあの者。ロンの手首と眼球だった。
「スワン君。それは愚問だな。勿論……処刑」
 目を輝かせながら呟くリスト。それを皆呆れ顔で眺めた。
「だからそういうのは駄目だって」
 ため息つきながら言うマユの言葉を、ハルは大きく頷きながら聞いていた。
「マユ君。この期に及んでそんなことをするわけないじゃないか。結果論で言えばむしろこいつのお陰でハマス共和国を建国できたとも言える。不幸中の幸いというやつか?」
「だったらどうしてそういうことを言ったのよ」
 当然の疑問。リストは待ってましたと次の言葉を発した。
「見てみろ。こいつ耳がないのに暴れているだろ?」
「リストがサドチックな顔をしていたからじゃない?」
「確かにそうだろうな。敢えてそうしてみた。でもな、こいつは明らかに脅えているよな? だったらこの目の持ち主も同じように脅えているはずだろ?」
「リストの兄ちゃんよ? 一体何がいいてぇんだ?」
 リンの疑問はもっともだと頷きながらリストを見つめた。
「つまりはこの手首が暴れ出したと同時にわめきだした生首があったということだ。マシューがその生首を使ってここの在処を探っていたのを幻影が見ていたからほぼ間違いないと思っていたが、念のために再度確認しようと思ってな」
「本当ですか? リストさん」
 静かに頷くリスト。それを見たハルは安堵の表情を浮かべた。
「このままじゃ可哀想だと思ってたんです。体が見つかったということは元に戻るということですよね?」
「ハルちゃん? こいつは俺達をはめようとしたんだぞ? そんな奴のことは放っておけばいいじゃん」
 興奮気味に話すスワンに対して、マユはやれやれといった様子でため息をついた。
「何だよ。俺はリストが言ったように処刑とか言ってないじゃないか。傷つけることはしないとしても助ける必要はないんじゃないか?」
「駄目だよスワン君、この方も仕方なくしたんだと思うよ。可哀想だよ。助けてもいいでしょ?」
 じっと見つめるハル。この迷いのない澄んだ瞳を、スワンは直視することができなかった。
「白鳥君はもうハルとの付き合い長いのにどうして分からないんだろうね」
「何だよ」