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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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第3章「獄中の歌姫」



 名もなき少女は、気付くと、見渡す限り真っ白い場所にいた。地面と空の境目が分からない程、とにかく白で満たされていた。この場所はどれ程の広さなのか、天井はどれ程高いのか全く分からなかった。そもそもここは部屋なのかすら分からない。
 とにかく何もかもが真っ白だった。
 白以外のものは、自分の手や足などの体だけだった。少女は、自分の置かれた状況を把握しようと、とりあえず辺りを歩いてみた。しかし、いくら歩いても相も変わらず白い世界が広がっているだけ。歩いても歩いても景色が全く変わらず、本当に歩いているのかすら疑ってしまう程である。
「誰かいますか〜!」
 自分以外の人がいるかもしれないと思い、大きな声で呼びかけてみた。しかし、聞こえるのは自分の声のみで、何も返事が返ってこない。
 何をしても、白い世界に独りきり。最初は白以外のものを探そうと、歩いたり、辺りを見渡したりしたが、それは無駄な行為だと気付いてきた。暫くすると歩くのをやめ、その場に腰を下ろした。
 少女の目に映るのは、白い世界と自分の足。ぼーとしながら、つま先を見つめていると、自分のいる世界の異常さよりも、自分自身のことに意識が向いた。
 自分は誰なんだろう。まず、その疑問が頭を駆け巡った。しかし、いくら考えても、その手がかりすらつかめない。ただ、自分は自殺したということと、鏡を盗んだという事だけしか覚えていない。その上で、お前は虫けらだと言うホセの言葉が耳こびりついていた。
 覚えている数少ない情報から、もしかしたら自分は知らない間に多くの罪を犯している悪人なのではないかという思いが頭をよぎった。そう思うのも無理はなかった。少女には、罪を犯したという記憶しかない。これまで人を助けてきたという善行はおろか、ほんの些細な喜びまでも葬り去られたのである。
 人はそれまでの経験で強くなる。楽しかった記憶や大切な存在を心に留めることによって生きていける。少女は、人が人として立っていられるもの全てを失ったのである。
 更にはこの世界である。全てが白のこの世界は、視覚からの情報を全て奪い自分という存在を極限までに際立たせた。
 生きる糧となる記憶を全て消され、恥ずべき記憶だけが残り、そこにしか意識が向かないように仕向けられる。これがカロルが少女に下した処罰「虚無地獄」の真相なのである。
 少女は自分が悪人なのでは? という疑念から自己への否定を加速させていった。
 雑然とした洋館の一室で首をくくる記憶を何度も何度も再生させ、生前の人生がいかに恵まれていなかったのか……そして、自殺をしなければならないほどの悲惨なものだったのかと思わずにいられなかった。どうして自殺をしたのか分からなかったが、自殺をしたという事実のみで、幸せな人生は送ることができなかったのだろうと結論づけたのである。
 次いで、幸せな人生を送ることができなかったのは、自分にそんな人生を送るに足る価値がなかったからだと自己否定の連鎖をつなげていった。
 床に腰を下ろし、膝を抱えるようにして座っていた少女は、次第に体の力が抜けていき、力なくその場に寝転んだ。ゆっくり大の字になって上を眺めると、やっぱり白い風景が広がっていた。
 仰向けになることで、体の力が更に抜けていった。リラックスできる姿勢だが、それが逆に自分の意識に集中することにつながり、更なる内省を促した。
 自分はくだらない人間だ。だからまともな人生を送ることができなかった。その上、人の物を盗むという大罪を犯した。自分は地獄を這いつくばる虫けらだ。
 そうやって少女は自分を蔑み、自分自身を傷つけていった。
 どうして自分は存在するのか。世界の害悪になる自分の存在なんてすぐに消し去りたかった。しかし、それでも自分は存在し続ける。この自分の意志を大きく裏切る現象に少女は心を痛めた。
「消えたい……殺して……私を殺して……」
 心の底から絞り出すようにそう言ったところで、少女は既に死んだ存在。死ぬことができるはずもない。それどころか、自分の存在を極限にまで否定させて、苦しめ続けることが目的の地獄である。少女は、自分が存在することそのものに耐え難き苦しみを魂の奥底から響かせた。
「ああぁぁぁぁ!! もう嫌! 消して!」
 自己の存在の苦痛に苛まれ、耐えられなくなった少女は、狂ったように転げ回った。そして、床に何度も頭をガンガンとぶつけた。しかし全く痛みがない。脳天が割れるような激痛が走れば、少しは満足しただろうが、それすらも許されないようである。
「ああぁぁぁ……ああぁぁぁ……助けて……」
 助けを呼んだところでどうにもならないことは少女自身よく分かっていた。しかし、そう呟かずにはいられなかった。
 自分の存在を否定することしかできない空間である。それ以外にできることは何もない。自分に向けられた刃は次第次第に鋭利で大きなものになっていく。その度に少女の傷は大きくなった。
 少女は力なく寝そべり、瞳は、どこを見つめる訳でもなくだらしなく開いていた。しかし、その脳裏には、常に残された数少ない記憶が何度も絶え間なく再生されていた。
「私は、自殺した哀れな人間。私は、人のものを盗んだ恥ずべき罪人……」
 少女は、自然と自らを卑下する言葉を並び立て、それを口に出した。そうすれば、少しでも苦痛が和らぐのだろうか。否、むしろ自分を更なる苦痛へ誘ってしまう。それでも少女の言葉は止まらない。しかし、その中身は次第に変わっていった。
「私は、何のために存在するの? 神様は私に何を望んでいるの? 私はここで朽ちていきたいの。でも私はいつまでももここにいる。私がこの世界に留まる理由が何かあるの? あるなら知りたい。私がここにいる意味」
 少女は、自分がこの世界に存在する理由に執着した。神は無駄なものを創造しないはずだ。無駄なものを存在し続けないはずだと直感したからである。愚かな恥ずべき存在である自分であっても、消えずに存在し続けるのは何か意味があるのではないかと思ったからである。
 そう思うことにより、自分が存在し続けることに対する罪悪感を回避しようとしたのだろうか。いや、無意識に自尊心を回復させる手がかりにしようとしたのかもしれない。
 いずれにせよ、自分の存在を神が許容したと思うことで、どん底に墜ちた自分を奮い立たせる手がかりにしようとしたのは確かである。
 しかし、自殺したことと、人のものを盗んだという事実は覆らない。そして、その罪の記憶しか残されていないことには変わりない。
 自己を極限にまで否定しながらも、ほんの些細な部分で踏ん張っているにすぎないのである。
 そんな想像を絶する苦痛を味わうようになってから、気の遠くなるような時間が過ぎていった。激痛に耐えるのみの時間が十年経とうとしていた。

「私は、籠の中の鳥
 どうして籠の中にいるの?
 初めはそう思ったけれど、
 今はもうどうでもいいの
 だって歌うことができるから

 鳥に生まれてよかったわ
 だって羽ばたくことができるから
 月に向かって私は歌う
 だれかが笑顔になるのを夢見て」