ラーメンばばあ
「あのな、お前には、1度この店に連れて来たいと思ってたんだよ」
「え、俺っすか?」
「そうだよ。お前にはここに来てもらわないとなって思ってた」
先輩がいつになく真面目な顔をしている。この人もこんな真面目な顔をすることあるんだな。
「どうしたんですか? 急に真面目に」
「バカヤロー! 俺はいつでもお前のこと心配してんだぞ! いつもそうやって取り澄ましたフリしてるけど、心の奥底で何考えてるか丸分かりなんだよ。さっきもつまんないってずっと思ってたクセに。調子を合わせてたら相手は納得するとでも思ってたのか?」
なんだこの人、俺が何を考えてたのかずっと分かってたのか。
「人付き合いってのはな、調子がいいだけじゃやっていけないんだよ。愛想がいいっていは確かに大事なことだ。少なくとも人間関係の摩擦を減らすだろうよ。だけど愛想で、信頼できる人間関係が育めるとは限らないんだ。むしろ付き合いを妨げることだってある。大事なのは、お互いの信頼だぞ。分かるか?」
この人、俺にずっとムカついてたのかな。俺がどう感じているのか、分かってて飲みに連れて行ってくれたりしたのかな。
「お前をここに連れてきたかったのはな、婆さんを少し見習って欲しいと思ったからだ。婆さんはここで30年商売してる。昔は爺さんと一緒にやってたんだが、その爺さんが亡くなって以来、女1人で切り盛りしてんだ。愛想は悪いが、客を思いやる気持ちはそこら辺のラーメン店、いやレストランやホテルでもマネできないほどだ。俺は婆さんに何度となく助けられたもんだ。仕事で失敗したとき、彼女にフラれたとき、未来に対する不安を感じたとき、いつもここのラーメンを食べて立ち直った。今、お前は落ち込んでるわけじゃないと思うけどな、ラーメンを食えば分かる。思いやりって何なのか、人と関わるってのは何なのか、きっと食えば分かるだろう」