小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

アヤカシ模様

INDEX|9ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

 川のせせらぎが聞こえる。
 どこからともなく聞こえてくる水の囁きがあたりに満ちている。小川にかかった小さな橋の先に細長い人影があった。その姿を見た透が息を飲む。
「・・・犬飼和尚・・・」
 固まった透の後ろを歩いていたルビィは危うく衝突しかけた。
「坊主、どうしたんだ? アヤメ、客はあれだ」
 ルビィの大雑把な物言いにアヤメは肩をすくめた。
「アヤメさん」
 困惑しきった透にアヤメは小さく頷き、橋の方へと歩いて行く。橋の向こう側にいる長い人影も橋を渡り始める。手には錫杖があり、歩くたびに神聖な音が響いた。二人は互いに橋の両側に佇む。
「お久しぶりです犬飼和尚。しかし、こんな夜更けに何用ですか」
 透は眼を見開き、驚愕した。透が必死に遠ざけようとした人物とアヤメ自身が顔見知りだというのだ。犬飼は小馬鹿にしたような呼気を吐く。
「夜こそが、そちらの本分であろう」
 吐き捨てられた声には如実な侮蔑が含まれていた。犬飼は一度睨むようにして透を見た。びくりと透が肩を震わせると、今度こそ後ろにいるルビィにぶつかった。
「あ、すいません」
「別にいい」
 どこか眠たそうな瞳でルビィは頷く。ルビィの視線は前方のアヤメの方に向いていた。犬飼の虚ろというには不気味な光を宿す瞳が、アヤメを射抜いている。犬飼は錫杖を鳴らす。
「確かに我々は、そなたの存在を認識している。そなたの存在がこの村にとってさほど脅威にならぬと判断した上で暗黙していたのだ。しかし、そこにいるのはかつて村を騒がせた呪われた子供だ」 
「呪われた子?」
 言葉はアヤメではなく、透の背後にいるルビィからだった。透はそっとルビィから離れた。透の表情には焦燥が浮かんでいた。
「それは過去にこの村で怪異を起こした、妖に未だにとりつかれた影の怪異。ソレとそなたは何を話していた」
 アヤメはゆっくりと首を振るった。
「特には何も。本日初めて知り合って、お知り合いになったのです」
「知り合ったとな」
「はい」
 次に聞こえてきたのは爆発するような笑い声だった。嘲笑に近い甲高い笑い声が続く。
「何をいう。貴方は人と知り合えるような存在だったかな」
「いちいち言葉が嫌味臭い」
 ルビィがぼそりと呟いた。杖先がアヤメに突きつけられる。
「そこの見鬼と手を組み、何かを企てているというならば話は変わってくる。これ以上悪知恵を働かせ、災いを呼び寄せるようなら我らが一同、制裁をくわえることも」
「アヤメさんは何もしていない」
 明確な声が呪詛の声を遮断した。透は橋伝いにアヤメの隣へとやってきた。
「ただ姿が噂になっているだけだ。この人は何もしていない。それは知っているんでしょう。なのに、あなた達は不確定なもの断罪しようとするのか。コカゲをそうしたように!」
 透は突然、眼前に現われたものがなにかわからなかった。音もなく投げられた杖先が透の顔を強打した。
「透君!」
 息を飲み、アヤメは倒れこんだ透の傍に膝をついた。眼を押える透の手の間から血が流れていた。傍観していたルビィが首を鳴らす。
「子供のしつけにしちゃあ、ちょっと過激過ぎやしないか」
「黙れ」
 冷やかな視線が部外者を拒絶する。犬飼は指先で透を指した。
「そうゆうことは、アレを見てからいうんだな」
「あれ?」
 ルビィが視線を向けると、アヤメが触れようと手を伸ばしたままの体勢で固まっていた。傷口を押えた手の間から縦長の金色の瞳が現れていた。普段髪で隠れている瞳はまるで周りの様子を確かめるように、騒しなく動いている。犬飼は忌々しそうに鼻を鳴らす。
「相変わらず健在そうだな、コカゲ」
「ウルサイ」
 底冷えするような暗い声が透の口唇から漏れ出た。異様に輝く瞳は、射殺すように犬飼を見上げている。
「とおる、おまえはソレが無害だとでもいいたいのか。己の母親が騒ぎに巻き込まれて、負傷し一生消えぬ傷を負ったというのに。なのに、おまえは死ぬ筈だったソレを我が身にひきいれた。貴様がなんといおうと、それは汚らわしい呪いだ!」
「うううううっ」
 透は傷口を押えて蹲った。切れ切れの声が呻くようにこたえる。
「あれはコカゲだけが、悪かったんじゃ、ない。母さんが、コカゲを壊そうとしたから、それにコカゲが怒ったんだ」
「我が子が得体の知れぬものに取りつかれたと知って、平静でいられる母親がいるものか。それなのにおまえは己から呪縛に堕ちたのだ」
「ウルサイ」
「可哀想だとは思わぬのか? 哀れだとは思わぬのか。呪われた子を持ってしまった、母親の立場が」
「ウルサイウルサイウルサイ!」
 小さな身体が跳ね上がるようにして飛んだ。冷淡な眼で見下ろす僧は飛びかかろうとする子どもに向かって、懐から引き抜いた短刀を構えた。月光を帯びた短刀が呪われた瞳に突き刺さる瞬間。まるで巻き戻すかのように、透の身体が橋上に引き戻された。
「ぐ!」
 臀部を強打した透は短く呻く。素早く立ち上がろうとしたが、四肢が自由に動かないことに気づく。
「え・・・」
 透は自分が見えない糸のようなものに拘束されているのに気がついた。月光に僅かに浮かび上がった糸の先を見ると、どこか眠たげな青年の手に繋がっていた。
「な、なんで」
「さあ、なんでだろう」
 とぼけたように言うルビィは顎先で前を示す。急いで透が振り返ると、振り下ろされた短刀をアヤメが両手で受け止めていた。
「アヤメさん!」
 アヤメは振り返らず、小さく相槌を打つことで応える。しばらくアヤメを見ていた犬飼は音もなく身を後ろに引いた。アヤメもそれに倣う。
「おひきなさい」
 凛とした強い声が命じた。冴え冴えとした冬の湖畔を思わせる深い蒼い瞳がひたりと犬飼を見据えている。
「そちらに疑う意思があるのは承知しています。しかしこの場で、この子もそしてわたしも断罪する気ではないでしょう」
「確かに許可は下りてはいない」
 風を切りながら、犬飼は短刀を再び構える。
「しかしその悪鬼の魔くらいは落としても問題はない。いつアレが進化するとも分らん。種が育つ前に芽を摘んでおかなければ」
「おやめなさい」
 腕を振い、アヤメは透を庇った。
「この子は見ず知らずのわたしを守ろうとしてくれました。友人との約束があるのに、わたしに焼きとうもろこしを買ってきてくれました。わたしには、この子が悪しき子だとは思えない」
アヤメの背後で透は闇と月光色の瞳を見開いた。犬飼は忌々しいものを見るように、アヤメを睨んだ。アヤメは再び膝をついて、透の傷口に手を伸ばす。
「あっ」
 伸ばされた手を払い、透は身をひいた。いつの間にか拘束はとけていた。透は両眼を覆いながら後ろに後退する。
「駄目なんです。僕以外が触れてはいけない、駄目なんです」
 アヤメは微笑んだ。愛おしいものを見つめるように。血に濡れた傷にそっと触れた。
「あなたは優しい子ですよ。優しい、ただの子供です」
 息を飲み、透は硬直した。信じられないことを聞いたように。驚きに開かれた唇は徐々に閉じられ、一文字に引き結ばれた。
 ゆっくりとした足取りで橋を渡り、ルビィは座り込んだ二人の前に立ち、足下に転がった錫杖を犬飼の元へと蹴り返す。犬飼は静かに構えている青年を見た。
作品名:アヤカシ模様 作家名:ヨル