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アヤカシ模様

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夜目に慣れ始めた透はきょろきょろと辺りを見渡しながら、慎重に進む。しかし見当違いに出された足はぬかるんだ泥に見事にはまった。食い込んだ下駄の感触に透が顔をしかめていると、隣でアヤメが小さく吹き出した。
「こっちだよ、透君」
「・・・すみません」
「もしかして前髪が長いせいじゃないかな。鬼太郎みたいだし」
「この夜道だときっとあまり関係ないと思います、アヤメさん」
 結果的に透はアヤメに手をひかれて進むことになった。明かりのない夜道を見通すように、アヤメは迷いのない足取りで進む。透自身も先を見据えようとするが、アヤメの背を負うだけで精一杯だった。
「アヤメさん、よく歩けますね」
ふふふっとアヤメは柔らかく笑った。
「闇は友だからね。そして、孤独も」
「・・・・・・」
 透はこちらを振り返っているアヤメの顔を見上げる。口元に浮かぶ優しい微笑が透を見下ろしていた。まるで見透かすように。
「だから、大丈夫なんだよ」
 優しげに見える微笑の意味を捉えきれず、透はただただアヤメを見つめる。握っている冷たい手を握りなおす。
「行きましょう、アヤメさん」
 アヤメの口元に一瞬、微苦笑が掠める。しかし影法師は少年の手を引き始めた。雲に隠れた朧月が僅かに夜道を照らしていた。
透は後ろを振り返り、わずかにできた己の影をそっと眺めた。

 無秩序に立つ木々の間を抜けた先に、静寂を湛えた湖があった。細く小さな月の姿が水面に映っている。見知らぬところに案内された透はきょろきょろと辺りを見渡す。先を歩くアヤメは湖の傍にある小さな休憩所に近づいていく。塗られた白いペンキが雨風に晒されて痛みきり、色褪せて元の色を失っている。しかし中に入ってみると荒れ果てた様子はなく、痛んではいるものの僅かに枯れ葉が落ちるばかりで、塵芥などは見当たらない。どうやら誰かもしくは何かが掃除をしているらしい。アヤメは備えつけの長椅子に腰を下ろし、隣に透を呼ぶ。
「少し、休もうか」
「え、でも」
 アヤメは静かに微笑み、透の足元を指さす。
「下駄が足に食い込んでいる。痛めているんじゃないですか」
「それは・・・」
「いくら私の話を聞いてやってくるとしても、すぐに場所がわかるとも限らない。そして、ふふっ。いい香りだね」
「あっ」
 透は買っていたお土産を思い出し、焼きとうもろこしを出した。透が渡すと、アヤメはそれをおいしそうに食べ始めた。少し安堵した透もそれにならう。意外に早食いで先に食べ終わったアヤメは、ゆっくりと咀嚼している透をじっと見つめた。濃紺の瞳に見つめられた透はどぎまぎと眼を瞬き、痛んだ足先をすり合わせる。アヤメが小首を傾げると、長い髪が肩から流れ落ちた。透はかすかな夜の香りを感じた。食べ終わった透は改めて腕を組んだ。
「どう、語ればいいのか」
「君には、友人がいたんだね」
 透は嬉しそうに笑い、頷いた。
「ええ、とっても変わった、妖と呼ばれた友人」
「アヤカシ・・・」
 透は赤くなった足を揺らしながら、滔々と語り始めた。
「実は僕、小さい頃は身体が弱くてあまり外に出ることができなかったんです」
「そうなのかい。今だとそうはみえないよ。お土産まで買ってきてくれたし」
「そうでしょう」
 二人は可笑しそうにくすりと笑いあう。透は軽く咳払いをする。
「だから、部屋の窓辺に立ちながら外を駆け回る同じ歳の子供がとても羨ましくて、寂しかったんです。そんな時、探検で入った蔵の中で、古いとある機械を見つけたんです」
「機械?」
「昔のものなんでたいそうなものじゃないんですけど、小さな鉄製の幻灯機と呼ばれる中に入れたレンズを明りにあてて投影するもの。ゴーストマシンと呼ばれたりする。でも僕が見つけたとき、それは壊れていた。明かりも灯らなければ、中に差し込まれたレンズを交換することも、外すこともできなかった。でも昔の香りがする小さなおもちゃのような姿に魅かれて、僕はそれを部屋に持ち帰った。日長な一日それを眺めて、僕はこの機械が映した絵を想像し、なめらかな外面を撫でた。なんだか嬉しくなって話しかけてみたりして」
 過去を振り返る透の表情は穏やかだった。しかし確かな悲哀が奥底に沈んでいるように、アヤメには思えた。
「遊び疲れて畳の上で眠ってしまった夜、ふと眼を覚まして庭と部屋を区切る障子を見てみると、誰かが縁側に立っているように見えました。寝ぼけ眼を擦りながら、誰だろうと思いました。月光の照らされた障子に長くのびた影が映っていました。僕がそっと障子を開けてみましたが、人の姿はどこにもなかった。まるではじめからいなかったように、消え失せていました。僕は首を傾げながら障子を閉めて部屋に戻ると、やっぱり影が映っている。僕は不思議に思いながら視線を向けた先に、小さな過去の機械がそこにありました」
「『きみなの?』 僕は語りかけました。語りかけたところで返事はなく、静寂だけが部屋にありました。視線を巡らせて浮かんだ影を見つめました。『きみなの?』 問いかけると、影はまるで頷くようにゆっくりと動いたように見えた。僕は自分が笑ったのを覚えています。とても面白いものを見つけた、そんな奇妙な興奮を覚えました」
 息を吐いたあと、透はそっと空の朧月を見上げた。
「別に問題はないように思いました。確かにコレは奇妙なものだけど、いじわるをする様子もなかったし、僕が話しかけなければそれはただの影でした。月光の中に浮かび上がるただの影だったんです。それでも小さな僕にとって、アレは友達でした。静かに僕の話を聞き、傍にいてくれる大事なものでした。実際に問題はなかったんです。影は僕に危害を加えたことは一度足りともなかった。僕はただ夜の友が傍にいてくれるだけでよかった。でも、そうはいかなくなった。コカゲが、ああ、僕がつけた影の名前です。コカゲの姿を他人に目撃されてしまい、大騒ぎになってしまったんです。そして壊されそうになったコカゲは、人を、傷つけてしまった」
 透は唇を噛みしめ、硬く眼を閉じた。苦々しい記憶を抑え込むように。
「そうして有名な祓い人と呼ばれる一風変わった人々が呼び出されました。僕たちは逃げたんだけど捕まって、コカゲはその場で壊されてしまった」
「だから、人が嫌いなの? 自分を迫害したものたちが」
「いいえ、アヤメさん。コカゲがいなくなって哀しくて、寂しかった。そしてなにより悔しかった。友人を守ることが、僕にはできなかったから」
アヤメは今日出会った少年の行動を振り返った。影の噂を聞きつけた彼は、こうしてアヤメの元にやってきた。
「だから、わたしを助けようとしてくれたんだね」
 うーんと小さく唸ったあとで透は首を振った。
「助けるとか、大それたことは考えていないです。でもアヤメの噂は、コカゲと似ていた。なんだか、気になってしまって。自分でもよくわからないけど、身体が勝手に動いていて。消えないで欲しいなんて、勝手にそう思ってしまったんです。・・・迷惑でしたか?」
透の肩に濃紺色の羽織がそっとかけられた。透が顔を上げる。
「夏場と言っても、山風は冷えるから。行こうか」
 アヤメの言葉に透は立ち上がり、差し出された手を握った。
作品名:アヤカシ模様 作家名:ヨル