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アヤカシ模様

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 山道へと向かう分かれ道まで駆けてきた透は息を切らしながら足を止める。すっかり夜の帳が落ちた山道には明かりがなく、簡単には立ち入ることができない。己の荒く切れた息遣いと、火照るような熱と痛みを足に感じながら、透は途方にくれる。
 常日頃から通っている道は明かりがなくとも歩くことができるが、枝や雑草が乱雑に入り混じった山道の夜は、視界の確保なしに入るにはあまりに無謀過ぎた。透はギュッと眉を寄せて、足が痛むのも構わず辺りを回る様にうろつく。
 かこかこっと下駄が夜道にどこか間の抜けた音を立てる。迷いながら唸り声を上げていると、山道からさらさらとススキの音がかすかに聞こえてきた。風の音だろうか。顔を上げた透は微量の違和感を感じ取り、我知らず息を潜める。
 真っ暗な風景から更に深い影が浮かび上がり、透の前で人形を模る。
「やはり、透君だね」
「アヤメ、さん」
 再び現れた影に、透は眼を瞬く。アヤメは何故か苦笑し、腕を組んでいる。
「どうしたんだい。こんな夜道でも分かるくらい、悪い顔色をしているよ」
「そう、ですか」
「うん。わたしが歩いてきちゃうくらい」
 透は驚いて眼を見開く。アヤメは着物の裾を泳がして夜道を歩く。今にも夜に同化しそうな姿ではあるが、ほのかにけぶる髪が僅かな色となっている。
「・・・貴方に、聞きたいことがあります」
 真摯な響きを持つ透の声にアヤメはことりと首を傾げる。
「貴方は、人間をどう思っていますか」
 透を見つめる瞳は何か強い感情を耐えるように、一瞬歪んだ。細められた瞳は感情を押し隠すように、静かに閉じられた。
「人は好きになれない。変わりやすく、移ろいやすくて・・・。わたしは、どうも、好きになれない・・・」
 沈んだ声に同意するように、透は頷いた。
「僕もです」
 影法師は俯く少年の顔を見つめる。暗い表情には年不相応の諦念が色濃く漂っている。
「僕も、どうしても、許せなくなる時があるんです」
 透はそっと、アヤメに向かって小さな手を差し出した。
「そんな僕ですが、僕のことを少しだけ、信じて貰えないでしょう」
「どういう意味だい?」
「貴方のことが村の中で噂になり始めています」
 アヤメは銀色の睫毛に縁取られた眼を、ぱちぱちと瞬く。
「この村には元から寺院に祓い人という血筋の坊さまがいるんです。僕が思うに、村人から祓い人が貴方のことを聞くまでそう間がないと思います。もしかしたら、噂を聞いたから戻ってきたのかも。彼はきっと貴方を探しにくるでしょう。貴方が悪しきものだろうとなかろうと・・・」
「前例があると?」
「はい。僕には一人、変わった友人がいたんです」
 過去形で語る少年をアヤメは見つめる。差し出された小さな手。視界が曖昧な闇の中で、その手が僅かに震えているように見えた。
「・・・行き先は」
「実は心もとなかったりするんです。以前秘密基地として使っていた空き地も、向こうに割れているだろうし。できれば貴方が知っている隠れ家などがありましたら、そちらに隠れてもらえると嬉しいです」
「じゃあ、君はわたしの味方?」
「そのつもりです」
 暗い表情をしていた少年はここだけ元気を取り戻したように、力強く頷いた。
 アヤメは確認するように少年を見つめる。見つめられた透はどんな表情をすればいいのかも分からず、困ったようにはにかんで見せた。それが移ったように、アヤメも小さく微笑む。
 伸ばされた小さな手に、色のない白く細い手が重ねられる。
「何が君をそこまで駆り立てるのか、それを語ってくれるなら」
「それじゃあ僕も連れて行ってくれませんか。隠れたあとに話すことにしましょう」
 小さく震えて見えた手は存外温かく、力強くアヤメの手を握り返した。
作品名:アヤカシ模様 作家名:ヨル