アヤカシ模様
「遅え」
頭にはねじり鉢巻き、姿ははっぴ姿。手にはふわふわの特大わたあめと毒々しいまでに紅い林檎飴、ソースたっぷりのイカの姿焼きに巨大たこせん。しかし表情は怒りそのもので浮かんだ血管や眉間の皺が怖々しい。吐き出される声も氷点下に達している。息が切れてしゃべることができない透は両手を合わせて拝み倒すことでなんとか謝罪を表している。
自宅で待ちくたびれた和也は先に祭りに来ており、透と合流できたのはあたりがすっかり暗くなり、提灯の明かりが強く感じられるようになった宵の口だった。未だに息を乱し、汗を滝のように流している友人に、和也の溜飲はやや下がり始めた。
「おまえ、何をそんなに疲れ果てているんだ?」
「はははっ、ちょっとね・・・」
放られた手ぬぐいを受け取って透は滝汗を拭う。疲れた身体をふらふらと揺らしながら、吊るされた白熱灯の下に並んだ数々の屋台内を窺う。香ばしいとうもろこしの匂いをかぎ取った透は、店内へと突進した。
「うわぁ! と、透?」
突然の友人の奇行に驚きながらも、和也はその背を追いかける。駆けると腕にかけている水玉のヨーヨーがばしゃばしゃと音を立てた。焼きとうもろこしの店につくと、丁度勘定をしている最中だった。和也は鷹揚に頷く。
「ああ、俺におごってくれるのか。悪いな」
「え? 違うよって、わっ勝手に食べないでよ和也! ああ、かぶりついちゃうし、もー。おじちゃん、もう一本追加して」
ぶつぶつと文句を言った透はがま口の財布をあけて再び会計をした。奪取したとうもろこしを食べながら和也は首を傾げる。
「じゃあなんでおまえ、二本もとうもろこし買っているんだよ。誰かくるのか」
「ううん。御土産だよ」
「土産、誰にだよ?」
怪訝そうに問う和也に、透は困ったように眉を下げた。透は温かいとうもろこしを受け取ると、ふと紙提灯や橙電灯に照らされた祭りの風景を眺めた。会場中央に立てられたやぐらでは設置された大きな和太鼓から絶えず力強い音が響いている。澄んだ笛の音に耳を傾けながら、広場入口付近に設置された大きなテントに視線を向ける。案内所になっているテントには一層人が集まり、大人たちが談笑を行っていた。騒がしく賑わう集まりの中、人だかりから頭ひとつ分飛び出した長身の姿があった。墨色の袈裟姿の人物がそこに佇んでいるのを見つめて、透は凍りついたように表情を失くした。
「犬飼和尚・・・」
囁くように呟かれた言葉を聞き取れず、和也は透の顔を見る。その視線の先を見て、和也もああっと納得の声を上げる。
「犬飼の坊さんじゃねーか。確か遠出している筈なのに、帰ってきてたのな」
和也は静かになった隣を見ると、透は青白い顔のまま急に踵を返し、出口へと走り始めた。その背に声をかけるも、透は一瞬にして和也の視界からいなくなり、景色の中に姿を消した。
唖然と取り残された和也は言葉もなく、眼を瞬くしかない。しばらくして状況を理解した和也は苛立ちに顔を歪めながら、舌打ちをする。
「なんだよ、アイツ。ヘンな奴!」
まるで理解のできない透の行動に、和也はイライラと持っていたフランクフルートにかぶりついた。がつがつと荒々しく咀嚼していると、背後から影が落ちた。覆いかぶる大きな影に、和也は驚き急いで背後を振り返った。相手を見た和也は、長く息を吐き出した。
「犬飼和尚かよ、びっくりさせんなよ」
和也は傍に佇む僧侶を見上げた。和也を見下ろすような長身に言語化できる感情は浮かんでいなかった。
「今、傍にいた子供は・・・」
密やかな、しかし重力のある低音の声が問いかける。
「子供・・・。ああ、透のヤツか。知らねーよ。今日なんかアイツ可笑しいぜ」
「おかしい、か・・・」
相手はまるで考え込むように顎を引き、ぶつぶつと何かを呟いている。寡黙な僧と二人きりというやや重たい空気に、耐えかねた和也は何かないかと話題を探す。浮かんだ話題を口にする。
「そうだ、おっしょー。アンタ、影法師の噂、知っているか?」