アヤカシ模様
「そんなの眼の錯覚か、見間違いだろう」
和也は机に頬杖をついて呆れ顔で言った。
放課後に入ったばかりの教室は騒がしく、窓から飴色の日差しが差し込んでいる。時折吹く風に、少し薄汚れたカーテンが膨らんでは萎む。和也の向かいに座る透は机の上に当番である学級日誌を広げて記入していた。左目にかかるほど長い前髪を、透は手で軽くはらう。
「やっぱり、そうかな」
「そうだろ」
和也は当然とばかりに鼻を鳴らした。片眉を器用に上げる。
「なんだ、気になるのか」
「変わった出来事に興味津々なお年頃なんだ」
透の言葉に和也は先程より大きく鼻を鳴らした。
透は所々が傷んだリノリウムの床に視線を落とす。置かれた机や椅子、透たち自身から長い影が伸びていた。透は静かに、しかし精悍な眼差しでそれらをじっと凝視する。まるで今にもそれらが動き出さないか見張るかのように。しかし透の意識は突然叩かれた机の音に引き戻された。和也は先ほどよりも機嫌がよさそうに話しかけてくる。
「それよりも今日の祭りのことを話そうぜ」
「ああ、祭り」
透は思い出したように頷く。
今日は数年に一度の町内会祭りなのだ。中央公園と呼ばれる広い敷地に数々の屋台がずらりと並び、公園の中心に組んだやぐらの周りで盆踊りを踊る。日誌を書き終えた透は眉を下げた。
「僕、人ごみ苦手なんだ・・・」
「さて、何時頃に待ち合わせをするか」
透は目に見えて肩を落とした。鼻歌を歌いながら立ちあがった和也はくるりと振り返った。
「あっそうだ。浴衣着ようぜ、浴衣。あ、でも俺は作務衣にしようかな」
「えっなんで作務衣?」
「ただの気分だよ。それじゃあ用意できたら俺んち来いよ、早めに来いよ!」
言うだけ言ったあと和也は手を振りながら教室から出て行った。風のように去った友人に少し唖然としたあとで、透は肩を竦める。確かに和也の家は広場に向かう途中にあるので、通り道に当たるのだ。日誌を持って立ちあがった透は帰り仕度を始めた。
「浴衣ねえ・・・。そんなのあったかな」
日差しが差し込む人気の失せた教室で、透はぽつりと呟いた。