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アヤカシ模様

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「恐らく思い違いをしていると思いますが、わたしは妖ではありません」
 透は豆鉄砲を十発も百発も食らったような顔をして固まった。
 決定的な一言で固まってしまった透は、以外に力持ちな青年に担ぎ上げられて、山奥にある古い造りの家屋に運び込まれた。しかし古いながらに手入れが行き届いており、アヤメは中に入ると手早く救急箱を持ってやってきた。それをルビィに渡す。ルビィは怪訝そうにアヤメを見返した。少し赤くなったアヤメが指先をもじもじとすり合わせる。アヤメの様子を見ていたルビィは大きくため息をついて、透の傍に腰を下ろした。
「おい坊主。傷口見せろ」
「え。あの。今のやりとりはなんです?」
「いいから見せろといっている」
「いやだから、僕以外触れないんです」
「坊主」
 ルビィは手を掲げて見せた。まだ何もない変哲な手を。
「オレはアヤメのように気が長くない」
 わきわきと動くルビィの手を見て透は顔をしかめながら身を引いた。これを断れば恐らく見えない糸がものを言いそうな気配がする。
「・・・目は閉じておきます。極力触らないでください」
「ん」
 おざなりに同意したルビィはてきぱきと傷口の消毒にかかり始めた。無駄のない動作を見て、手馴れていると透は感じだ。ふと透は畳の部屋を見渡す。
「あれ、アヤメさん?」
 アヤメの姿を探すと、盆を持ったアヤメが部屋に入ってきた。湯気が上がるお茶を小さな卓袱台に置く。置き終わるとアヤメは後ろ向きに後退し、そっと障子の後ろに隠れた。透は目を瞬く。
「え?」
 障子の後ろにアヤメがいるのはわかる。しかし行動がわからない。傷口の消毒をし終えたルビィは手をぬぐったあと、お茶と並んで置かれたせんべいを口に入れる。小気味いい音が生まれた。平然とした様子である。
「あ、あのルビィさん。アヤメさんはなんで隠れているんですか」
「おまえさん、話していて、急にアヤメが消えたりしたことはなかったか」 
「えっ。あ、ありました。それに急に消えるのは、噂にもなっていました」
 ルビィはお音を立ててお茶を啜る。一人だけくつろいだ様子に透は当惑した。
「こいつ、よく勘違いされるんだ。黒っぽい恰好が好きで、大きな樹に登って辺りを眺めるのが趣味でよ。それで人と目が合ったりするとまるで初めからそこに姿がなかったように逃げちまう」
「そ、それは何故なんですか?」
「極度の人見知りだから」
「人見知り?」
 透は素っ頓狂な声を上げてアヤメを見た。二人から離れた場所から僅かに顔を出したアヤメは薄紅色に染まった頬を俯いて隠している。
「しかもこいつ、無駄にすばしっこいから逃げるとまるで消えたように見えるわけ。人と目が合うとそんなことを繰り返すわけだから、今回みたいに影法師だーなんていう噂が立っちまったのさ、多分」
「噂・・・」
 透は畳の上に両腕をついて、力が抜けてしまいそうな身体をなんとか支えた。人々の間で囁かれた噂はただの勘違いで、透自身もその噂を勘違いし、今回の騒動を引き起こしてしまったことになる。今まで透自身の中ではりつめていた空気が風船に穴をあけたように徐々に抜けてゆくのを感じた。疲労に目の前が暗くなるような錯覚すらある。アヤメが隠れながらそっと透を見た。
「実は私も、初めは透君自身が妖かと思ったんです」
 改めてお茶を飲もうとしていた透の動きが止まる。ああとルビィが相槌を打った。
「なるほど、人だと思わなかったから話ができていたのか、この馬鹿」
「ば、ばかって言わないで下さいよ。可愛らしいけど、奇妙な気配がしたから森の精か、木霊が形をもったものだと思ったんですけど、話していくうちに何か可笑しいとは、わかっていたんですが」
「えええええ、それで急にそんなよそよそしくなっているんですか! ああまた奥に隠れた! しかも口調が何故か丁寧になっているし」
「夜道だと暗くて平気だと思ったんですが、こう、電気がついた場所で改めて見ると、ああ人だなぁと実感してしまって」
「な、なんだか心の距離を感じます」
「気にするな、誰にでもああなんだ」
 唯一の例外は呑気に急須を傾けてお茶のお代わりをしていた。透は少し泣きたくなった。
しかし嘆いてばかりもいられないので、透は空咳をしたのちに背を正した。
「でも、その通りなんです。私は妖のようなものなんです」
「妖のような、もの」
障子の陰に隠れていたアヤメは少しだけ身を乗り出した。しかし透と眼が合うと素早く障子の奥へと隠れた。ルビィが気にせず先を促したので、透は苦笑しながら頷いた。
「先ほど見たと思いますが、僕の左眼にはアヤカシがついているんです」
 透は人見知りが激しいアヤメのためにゆっくりと言った。アヤメがゆっくりと顔を出すと、ソレと目が合った。
 透の片眼は黄金色になっており、獣のように瞳孔が細く引き伸ばされていた。ルビィが短く息を吸い込んだ。透はそっと人外の左目を手のひらで覆って隠した。
「これが、僕の友人のコカゲなんです」
「確か、コカゲがついたモノは祓い人に破壊されたと聞いたけれど」
「はい、退治されかけたコカゲは最後の力を振り絞ってここに逃げ込んだのです」
 透は大事そうに瞳を押さえた。
「金色は月光の色なんです。影を浮かび上がらせるのに必要な明かり。だから僕の瞳はこの色に変わり、そして」
 透は背後を振り返った。自分の後ろに小さく蟠っている、黒い影を。
「影には不思議な気配がする」
 ルビィの口の中にあるせんべいの音が途絶えた。二人はそっと息を静めて透の影を静かに見つめた。透が場違いな笑い声を零した。
「大丈夫です。コカゲは悪さをしませんよ」
 透はそっと自分の影を撫でた。
「でも僕から影がなくならないように、影が身体から離れることはない。だからこの身もきっと、コカゲのものなんだと思うんです。どこからどこまでがコカゲかと問われれば、僕自身がコカゲであり、そしてやっぱり僕自身がアヤカシになるのだと思うんです。だから、アヤメさんが言ってくれたことは、でもやっぱり、嬉しかったんです」
 ありがとう。透は呼気のような声で礼を言った。障子が僅かに揺れる音がした。
「でも話を聞いても僕は未だに不思議なんです。あなたは一体何者なんです?」
 ルビィは変わらず眠たそうな眼で背後のアヤメを振り返った。かろうじて顔を出したアヤメは少々気まずそうにルビィに助けを求めている。ルビィははねた髪を掻きながら唸る。
「なにと改めて聞かれても少々困りそうなものだが。でもおれも正直、アヤメが普通の人間だとはぁ、言い切れない気がする」
「まあ、反論できないですね」
 はーと二人は同時にため息をついた。個人的に透は二人の関係も聞きたいのだが、話がややこしくなりそうだと思った。ルビィは首で出て来いとアヤメに合図を送った。激しく障子が揺れ始めた。ルビィは特に眠たそうな表情を変えなかった。変えなかったが素早く立ち上がり、アヤメの首根っこを掴んで卓袱台の前に置こうとした。しかしアヤメの猛反撃に遭い、妥協案としてルビィの後ろに置かれた。顔を引っ掻かれたルビィの身体が揺れるほど後ろで震えているのを見て、透はなんだかとても不憫に思い始めた。ルビィは肩を竦めた。
「扱いにくいだろう」
作品名:アヤカシ模様 作家名:ヨル