能無し堂へようこそ
なぜなのかは分かりませんが、自分がもう一度ここへ来るような気がしたのです
「蓮子ちゃ~ん、ご飯よ~」
階下からお母さんの呼ぶ声が聞こえました
「は~い、今行く~」
私は、あの不思議なお店のことは一旦忘れて、夕御飯を食べにリビングに向かいました
「和葉ちゃん元気だった?」
私とお母さんは、二人で向かい合って夕食をとっていました
会話は、いつも自然と和葉ちゃんのことになります
「はい、とっても」
今日の和葉ちゃんは、私にボディプレスを出来るくらい元気でした
「そう、良かった。この分だと来週の一時退院も大丈夫そうね」
「そうです!とても楽しみです!」
実は来週は和葉ちゃんが、三ヶ月ぶりにこの家に帰ってくる日なのです
数ヶ月に一回、治療が順調で、なおかつ和葉ちゃんの体調が良いと主治医さんから一時帰宅の許可が出るのです
「あの子が帰ってくるのも久しぶりね。ちゃんと部屋の掃除しておくのよ」
「は~い」
私は、来週が楽しみで仕方ありませんでした
和葉ちゃんが帰って来たら何をしましょう?
残念ながら、まだ許可は出ていませんが、それでも和葉ちゃんが帰ってきたときに、
目一杯楽しめるように準備をしてなくてはいけません!
「お母さん、和葉ちゃん帰宅できますよね?」
お母さんは私のオカズが乗ったお皿を一瞥した後、
「そうね、そのお皿のピーマンを残さず食べれたらきっと帰ってこれるわよ」
と言いったので、私は未だに苦手なピーマンを、涙ながらに飲み込んだのでした。
翌日の放課後、私はルーティーンワークのため病院へと向かっていました
「ホントに毎日見舞い行ってるのな、お前」
私の横を歩いていたハル君が言います
今日はバイトが無いそうで、久しぶりに和葉ちゃんの顔を見たいと言い、付いて来てくれることになったのです
「それにしてもさ、何でその、見舞いって言わないわけ?」
ハル君は欠伸をしながらいいました
別に私としてはお見舞いと言っても差し支えは無いのです
ですが、
「以前、毎日お見舞いに行っていたら和葉ちゃんが『しばらくお見舞いには来ないで』って言ったんです。毎日は私の負担になるからって」
「ふんふん、それで」
「私は、次の日も変わらずに病院に和葉ちゃんに会いに行きました」
「行きましたってお前、カズハは何にも言わなかったのか?」
「言いました。『何で?来ないでって言ったのに!』って、それは烈火のごとく怒りました」
「で、お前はどうしたんだ」
「『お見舞いじゃなくてただの日課です』って言いました。
そうしたら和葉ちゃん呆れたらしくて、『もう好きにして』って笑いながら言ってました」
ハル君は笑い出しました
「なるほど、カズハもレンの頑固さに折れたわけだな」
「別に頑固じゃないです、私はお姉ちゃんなので妹の和葉ちゃんを見守る義務があるんです!」
「へいへい。まったく可愛いやつだよお前は」
ハル君は、最近タケノコのように伸びた身長をいかして、私の頭をワシワシと撫でました
私は、その手を振り払うと早足で歩き始めます
「待てよ~、怒ることねえだろ」
「怒ってません!」
私はもう16歳です
炭酸飲料だって飲めますし、ピーマンも食べれます
子ども扱いされるのは、例えハル君であろうと心外なのでした
病室に入ると、和葉ちゃんはベッドの上で横になってマンガを読んでいました
「あっ、お姉ちゃん……って、えっ?何で?何でハルがいるの?」
部屋に入った私とハル君を見ると、和葉ちゃんは目を見開いて驚いていました
ハル君は片手を上げて、そんな和葉ちゃんに「おいっす」と挨拶をします
「えっ、ちょっとやだ私こんな格好で」
こんな格好とどんな格好でしょうか?
私はここ数ヶ月、パジャマ姿の和葉ちゃんしか見ていませんので、分かりません
和葉ちゃんは慌てて、ベッド周りを覆うカーテンを閉めました
カーテンの向こうからは、ガサガサと衣擦れの音がしています
「ゴメン、五分……いや、三分外で待ってて!」
あまりに切迫した声に、私は少し驚いてしまいました
「何だあいつ?」
ハル君はというと、お見舞いにとコンビニで買ったマンガとお菓子を私に預けると、
「ちょっと便所言ってくらあ」
と言って、トイレに行ってしまいました
私は、締め切られたカーテンに近づくと
「和葉ちゃん、どうしました?」
「ハルは?」
「トイレに行ってますよ」
「も~、何でこんなパジャマ着ている日に限って……」
相変わらず、カーテンの向こうからはガサガサという音がしています
和葉ちゃんが来ていたのは、ピンクの水玉に、レースのフリルが所々に付いた可愛らしいものです
私は、そのパジャマが好きで同じのが欲しいくらいなのですが、和葉ちゃんは気に入らないのでしょうか?
しばらくして、カーテンが開かれると、中から一次外出用の普段着に着替え、髪をセットした和葉ちゃんが出てきました
「靴がスリッパなのがいただけないけど……よし、これでOK」
和葉ちゃんはポーチから取り出した、リップを唇に塗るとベッドに座りなおしました
「お姉ちゃんどう?」
「どうと言うと?」
「変じゃないかってこと!」
「いつも通り可愛いと思いますよ」
お世辞ではなく本当にそう思います
何せ、私の自慢の妹なのですから
私たちが、そんなやり取りをしていると、丁度ハル君がトイレから帰ってきました
「お、どしたのお前?」
着替えた和葉ちゃんを見て、ハル君は驚いていました
「別に、いつもの格好に着替えただけよ。ねえ、お姉ちゃん」
和葉ちゃんが私にしきりにウインクをしてきます
これは、話をあわせて欲しいという合図だと私は確信しました
「はい、和葉ちゃんはお客さんが来るといつも着替えるんです」
「そうなんだ、変わってんなお前」
ハル君に笑い返す、和葉ちゃんの顔はどことなく引きつっているように見えました
「で、元気なのか最近は?」
「元気だよ、今すぐ退院してもいいくらい」
久しぶりに会った幼馴染らしく、ハル君と和葉ちゃんは近況報告をしていました
私はというと、ハル君が買ってくれたお貸しを紙のお皿に盛り付けながら二人の会話を聞いていました
「それにしても、どうしたの急に?」
和葉ちゃんがハル君に向かって言いました
「別に、気が向いたから。俺も一応レンとカズハとは幼馴染だしさ、たまには顔出しとこうかと思って」
「ていうか、あんた前回来たのいつよ?」
「半年前くらいじゃね?」
「うわ、ひっどー!それでよく私の幼馴染だなんて名乗れるわね!」
和葉ちゃんがハル君の首を絞めました
ハル君を連れてきたのは大成功でした
ハル君と話す和葉ちゃんは、いつも私やお母さんと話しているとき以上に楽しそうでした
私はそれが嬉しくもあり、少しだけ寂しくもありました……
「おっと、もうこんな時間か。そろそろ俺行くわ」
ハル君は立ち上がると、ベッドに置いていたショルダーバッグを持ち上げました
「え~、もう帰るの?まだ一時間も経ってないじゃん」
和葉ちゃんがブーブー文句を言っています
私も一緒になって文句を言ってみると、
「俺はこれから店の手伝いがあんの!」
そう言って私の頭を拳でグリグリしてきました
「痛い、痛いですハル君。それに何で私だけ?」