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サクラテツ
サクラテツ
novelistID. 18216
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能無し堂へようこそ

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その胸からは、お父さんよりは幼い男の子の匂いがして、少しだけドキドキしてしまいました
数秒、その体勢でいると、ハル君は私をガバっと引き剥がして無言で歩き出しました
「ゴメンなさいハル君」
私はその背中につい、謝ってしまいました
ハル君のような、高校生の男の子が私のようなチンチクリンに抱き疲れても嬉しくないと思ったからです
ハル君は、ちらりと私の方を見やると、
「俺、もう時間だからバイト行くわ。カズハによろしくな」
そういい残して走って行ってしまいました
「ハル君もたまにはきてくださいね~!」
背中に向かって大きな声で言って見ましたが、聞こえたかどうかは分かりませんでした

ハル君と別れた後、私はるーてぃーんわーくに丘の上の病院へとやってきました
受付を済ませ、面会のバッジをお借りして、いざ入院棟へ
目的の病室は、入院棟の四階にあり、階段で登るのも一苦労です
息を切らしながらやっとのことで登りきると、廊下で顔見知りの看護師さんに会いました
「あら、蓮子ちゃん今日も和葉ちゃんのお見舞い?」
「はい、お部屋にいますか?」
「今は多分、プレイルームで元治さんと将棋してるんじゃないかしら?」
「分かりました、行ってみます」
看護師さんにお辞儀をして、私はプレイルームへと向かいました
入院棟の各階にはプレイルームと言う、雑誌を読んだりお茶を飲んだり、面会の家族とゆっくりお話が出来る場所があり、
和葉ちゃんはよくそこで、お隣の病室の元治さんというおじいさんと将棋をしているのでした
プレイルームに着くと、そこには和葉ちゃんと元治さんの二人だけでした
涼しげな顔で盤面を見ている和葉ちゃんと対照的に、元治さんは、折りたたみ式の将棋盤を睨みつけウンウン言いながら駒を動かしています
「あ、レンちゃんだ!」
和葉ちゃんが私に気づいて声をあげました
「また来ちゃいました」
「も~、そんなに頻繁にお見舞い来なくていいのに~」
「お見舞いじゃなくてるーてぃーんわーくです」
私は二人が将棋をしている机に近づくと、和葉ちゃんの隣の席に腰掛けました
「う~んダメだ!もうねえなこりゃあ」
元治さんはお手上げのポーズをした後、頭を下げて参りましたと言いました
「へっへ~ん、これで私の十二勝二十八敗だねん」
「まったく、若い子は覚えが早くて適わんな。最初の内だけだったよ、ワシが遊んでやれたのは」
「いんや、まだまだ!とりあえず勝ち星を五分にしないとだからね」
そう言って和葉ちゃんは笑いました
元治さんが入院してきたのは三ヶ月ほど前だそうです
二人の関係は、プレイルームで一人詰め将棋を解いていた元治さんに、和葉ちゃんが話しかけたのがきっかけだそうで、
最初は、駒の動かし方すら分からなかった和葉ちゃんですが、元々要領が良いためか
一月程経つころには、元治さんと良い勝負をするまでになり、最近は和葉ちゃんが連勝することもあるとのことでした
「どうだい?蓮子ちゃんもやってみるかい?」
「いいえ、私は……」
「ゲンさん、お姉ちゃんボードゲームとかトランプとかの類苦手なの、
この間なんてオセロやったら真っ黒になっちゃって半べそかいてたんだから」
私は恥ずかしくて苦笑いをしてしまいました
昔から勝負事というものが苦手で、ゲームはおろか、じゃんけんですら驚くべき敗率を誇っているのです
「いいんです、頭使うことは和葉ちゃんにまかせます」
「もう拗ねないで~」
和葉ちゃんが顔には満面の笑みを浮べながら、私の頭を抱き寄せてグリグリと撫でます

彼女が天野和葉ちゃん……私の大好きな、そして自慢の妹です
和葉ちゃんは、ともちゃんに負けず劣らずの明るさと、同じ遺伝子で出来ているとは思えないナイスバディを持ち、
勉強も学年トップクラスという、私とは似ても似つかぬパーフェクトガールなのでした
そんな和葉ちゃんが、私の目の前で倒れたのは和葉ちゃんが所属するバスケットボール部の試合中のことでした……
その日は、私達の高校の体育館で練習試合が行われていました
試合中、相手ゴールにキレイなレイアップシュートを決めた和葉ちゃんは、チームメイトと笑顔でハイタッチを交わした後、崩れるようにその場に倒れこみました
体育館の2階からその様子を見ていた私は、最初何が起こったのか分かりませんでした
ですが、次の瞬間……胸に走った鋭い痛みで、私は和葉ちゃんに大変なことが起きたことを悟りました
家にいるお母さんに携帯電話で連絡を取り、救急車を呼び、顧問の先生と一緒に丘の上の病院へと行きました
和葉ちゃんはすぐに病院内の処置室に運び込まれ、私はお医者さんの後姿を祈るような気持ちで見つめていたのを覚えています
三十分程が経ち、お母さんが蒼白な顔で病院に現れた頃、処置室からお医者さんが出てきました
「お母様ですか?」
お医者さんは、お母さんに落ち着いた声でそう尋ねられました
お母さんがうなずくと、お医者さんはお母さんをうながして二人で処置質の中へと入っていきました
一緒に行くタイミングを逃してしまった私は、和葉ちゃんのことを案じながら、廊下で待つしかありませんでした

数分後、お母さんだけが処置室から出てきて、私を呼びました
「カズハちゃん、目を覚ましたわよ」
その言葉を聞いた瞬間、今度は私の方がその場に崩れ落ちそうになりました
何とかそれを堪えて処置室に入ると、和葉ちゃんはベッドの上で、テレビの中でしか見たことが無いような酸素マスクを付けて
いつもは見せない弱々しい表情をしていました
「和葉ちゃん、大丈夫ですか?」
私の声はほとんど泣きそうでした
「うん……ゴメンね心配かけて」
「心配しました、和葉ちゃんバスケットの試合中に突然倒れたんですよ」
「そっか、私……レイアップ決めてゆっことハイタッチしたあと、急に胸が苦しくなって」
喋りながら、和葉ちゃんの息づかいはとても辛そうでした
「蓮子ちゃん、和葉ちゃんちょっと疲れてるみたいだから休ませてあげて」
お母さんはそう言った後、私の手を引くと、
「先生それじゃあ、また後で」
そう言って、処置室を出ました
私は、お母さんに手を引かれるまま後を付いていきます
私の手を握るお母さんの手は、夏にも関わらずヒンヤリとしていました
病院の玄関まで来たところでお母さんは私の手を離しこう言いました
「和葉ちゃんね、ちょっと心臓を悪くしちゃったんですって。それでね、しばらく入院することになったの」
私は全身の血が冷たくなるのを感じました
さっきまで……つい一、二時間前まで元気に走り回っていた和葉ちゃんが、まさかそんなに大変なことになっていたとはと
「でもね、大丈夫。先生が言うには、今は治療法もある程度確立されてる病気みたいで、
ちゃんと治せば日常生活に支障がない程度には回復するでょうって」
「そうですか」
私はホッとして、また足腰の力が抜けそうになってしまいました
我ながら気の弱い足腰です
「多分、この先激しい運動は出来なくなっちゃうけど、それでも和葉ちゃんが元気に生活出来るだけで十分よね」
最後に呟くように言ったその言葉は、私にではなく、お母さん自身に言い聞かせたように思えました

とにかく、和葉ちゃんはそれからずっとこの丘の上の病院で治療をしているのでした
作品名:能無し堂へようこそ 作家名:サクラテツ