小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
ツカノアラシ@万恒河沙
ツカノアラシ@万恒河沙
novelistID. 1469
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ぐらん・ぎにょーる

INDEX|16ページ/29ページ|

次のページ前のページ
 

玲は黒薔薇男爵に向き直ると本来ならば黒薔薇男爵が登場をした際に、一番初めにするはずの質問をする。今更という感じもしないでもないが、ここは尋ねておくべきだろう。黒薔薇男爵は待っていましたとばかりに嬉しそうにこくこくと頷く。食いつきが良いのも程がある。ようやく話が進むと言わんばかりであった。
「決まっているではないか。三時のおやつを誘拐しにきたのだ」
黒薔薇男爵は恐ろしく厳かに宣言した。まるで結婚式で誓いの言葉を宣誓しているかのようだった。どいつもこいつも。しかし、本当に冗談でもなく『三時をおやつ』を抜け抜けと誘拐しに来るとは、世の中侮れない。常人の理解を越えた動機だった。
「あのなー」
篁と紗雨が、その場で大仰にこけた。この場合、こける他に何ができようか。篁と紗雨は、何か悪いものでも食べてしまったかのような妙な表情を浮かべた。しかしながら、冗談と悪夢の産物のような玲の対応は全く違っていた。
「そのわりには、随分と派手な御登場でしたね」
玲はヒトを小馬鹿にしたような口の端を持ち上げるような笑みを浮かべる。右手に持った半開きの扇がサマになっていった。それにしても、どうしてこうして、なかなか高飛車な態度だったのは、言うまでもない。
「ついでに貴様の命も頂くつもりなのだ」
黒薔薇男爵は当たり前のように言った。それにしても、『三時のおやつ』のついでに殺されるとすれば屍人も浮かばれないような気がする。
「普通、逆じゃねーのか。命を頂くついでに、三時のおやつを誘拐だろ」
篁のつっこみ。紗雨も同感だと言わんばかりに真面目な顔をしてこくこくとしきりに頷く。いや、それでも『三時のおやつ』ではなくて、普通は金目のモノとかを強奪するのがセオリーではないだろうか。
「でもでも、それに普通は三時のおやつを誘拐ってことはないと思いますけど」
あくまで常識にこだわる篁と紗雨の二人。しかし、やっぱり二人とも何かが変である。ところで、神田川氏と言えば、見事にムンクの『叫ぶ人』と成り果てていた。
「いちいち、うるさい奴らだな。ええい、まとめて始末してやる。打ち方、打てい」
黒薔薇男爵は、手に持ったステッキを床に打ち付けて無理やり話を先に進めた。本当に傍若無人なおヒトある。黒薔薇男爵の合図で、戦車が砲撃を開始する。と、同時に玲たちは身を伏せ、砲撃から逃れた。戦車は、これでもかと言うかのような次々と砲撃をする。
ただし、なぜかその命中率はナイに等しい。どうやら打ち方さんは余り射撃がお上手ではないらしい。殆どが書斎の破壊に費やされていく。何故、そんな輩に打ち方を任せているのか謎である。案外、黒薔薇男爵には人材がいないのかもしれない。
「おーほっほっほっ。いったい何の騒ぎかや、これは」
外見は十才程度にしか見えない玲の姉、夜神綺乃の登場。
古風な口調の赤い着物に緑の被風を着た彼女は、まるで砲弾の嵐が存在していないかのごとくの優雅な登場である。因みに、綺乃の趣味は世界征服である。しかしながら、かつて今までその野望は一度として達成された事はない。どうやら彼女は、いつもの通り世界征服に失敗をして愚痴りにここへ来たものらしい。手には今回の世界征服計画で遣い損ねたらしい物騒な代物が入った紙袋を持っていたりする。物騒なこと極まりない。
「姉さん、いらっしゃい。残念ですけど。今は立て込んでいてお相手ができる状態じゃないんです」
玲は器用に砲撃を避けながら綺乃に声を掛ける。綺乃は状況を今初めて気がついたように、室内を見回すと感想を述べた。
「そのようじゃな。しかし、こういうシーンを見ておるとな、わらわの血が騒ぐのじゃ]
と、綺乃は言うなり、紙袋から取り出した手榴弾を投げはじぬた。綺乃の高笑いが室内に広がる。何か、とても楽しそうであった。世界征服を失敗した事によるストレス発散なのだろうか。
しかし、何故、何なんだこの展開は。いったい綺乃は何をしにわざわざ登場したのであろうか。謎である。
綺乃の道理が通らない所業に書斎に被害が更に増えたのは言うまでもない。どんどん目茶苦茶な展開になっていく。これで、収拾がつくのだろうか。
「どうにかならんのか、これ」
玲に無理やり手を取られて、とりあえず安全そうな場所に逃れてきた無傷の神田川が虚ろな目を戦車に向けながら言う。悪夢のような光景。神田川は少し前までの平和は状況が懐かしかった。それにしても、この砲弾と破壊の中で無傷とは神田川も意外に運が良い。その実、それなりに運が良くなくては、玲なんかと行動を共にする事はできないような気もしないでもない。
「仕方ありませんね。どうにかしましょうか」
玲は戦車の方を振り返ってにこにこしながら言った。どうやらすっかり、この鬼ごっこを楽しんでいたらしい。とんでもない輩だ。そして、玲の言葉通り、神田川の知らないウチに状況はどうにかなってしまったのである。どうやって、どうにかなってしまったのだなんて聞かないでほしい。少なくとも、黒薔薇男爵がいつもの通りにボロボロになってほうほうの体で逃げだし、清廉潔白探偵事務所が元の平和な状況にかえったことだけは確かである。
兵どもが夢の跡。
そして、再び舞台は書斎に戻る。書斎の中は見るも無残な姿を晒していた。不幸中の幸いと言えば、玲のコレクションであるどこからどうやって手に入れたか解らない珍品、怪奇な本が所狭しと並んでいるものが何故か無傷だったことである。
「不幸な事件でしたね」
窓があった場所から下を見下ろしながら、玲は珍しくは物憂げな口調で言った。神田川に背中を向けているために、神田川には玲が今いったいどんな表情をしているのか解らない。しかし、玲らしくない科白であることは間違いない。思わず、神田川が自分の耳を疑ったのも無理はない話である。
「……本当にそう思っているのかな、玲くん」
玲が突然くるりと優雅な物腰で神田川の方に向き直る。思わず、神田川は身構えた。今までの神田川の経験からして、玲が何を言いだすか何を始めるか解らないからである。もはやぞ条件反射と言えよう。少し同情の念を禁じえない。玲は顔の上半分を扇で隠して、物憂げな口調で言った。
「ええ。この惨状を見た巽がどう思うか、それだけが心配で」
玲は扇を閉じて扇を右手で持ったまま両手を組んだ手の上に顎を乗せて溜息をつく。どうやら、本気で心配しているらしい。そういえば、前に玲からこの世で一番怖い事は巽を怒らす事と聞いたような気もしないでもないと神田川は思い出した。しかし、どこか問題が間違っていないだろうか。
「……本当にキミ、主人なのか」
神田川が思わず聞いたのも無理はない。実は二人の立場が逆なのではないだろうかと言うような意見だってあるくらいである。真実は如何。そこへ当の巽が目茶苦茶になってしまったお茶の替わりを持って書斎に入ってきた。少し時間が掛かったようだが、今まで彼は何をしていたのだろうか。
「もちろんですとも、神田川さん。私の主人は玲様だけでございます。ご安心下さい、玲様。黒薔薇男爵のアジトから、すでにここの修繕費用の金目のモノは手に入れてございます」