スタートライン (1)
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一年半ぶりの無職。
帰り道。夜道を自転車で駆ける。
今日に至っては残業はおろか、通常の勤務時間よりも一時間以上も早い上がりだ。
繁華街を走り抜ける。いつも見る夜の街よりも賑やかだった。学生達の姿もチラホラ見かけた。八時を周ろうというのに家には帰らないのだろうか。きっと青春という二文字で片付けてしまうのだろう。それも悪くは無い。だが健全ではない。でも健全が最良とは決して言えないのかもしれない。
繁華街を出て郊外へ。ちょっと隣町の山まで行ってみよう。隣町の山、そこには学生時代、放課後によく時間を潰した秘密の場所がある。街を見渡せる場所に一対のブランコがあり、そこで日が暮れる様を見ているのが好きだった。地元の人にも意外と知られていない、とっておきの場所だ。確か個人の寄付で造られたものだとか聞いた。
バイパス沿いの道を北上し、川へ出て堤防を行く。あたりは真っ暗だ。ママチャリのライトでは心細かったが、目が段々と慣れていった為、走行するのに問題はなかった。しばらくして市内から隣町へ渡す橋の交差点に着く。ここは自転車と歩行者専用の通路があるので安心だ。照明も明るい。車がまったく走っていなかったので、信号が青に変わるのを待たずに橋へ。少し肌寒いが、風がとても気持ちよかった。橋の構造上、風の音が大きく共鳴している。学生時代はイヤホンで音楽を聴いてばかりでこんな音、気づかなかった。よく耳を澄ませば、タイヤが地面と擦れる音、チェーンが漕ぐ力をギアに伝える音、いろんな音が聞こえてくる。自然の音とはこんなにも表情豊かだったのか。いつの間にか一キロメートルほどある橋を一気に渡りきっていた。
隣町は市内郊外に輪をかけて静寂に包まれている。元々、茶畑と工業団地ばかりの場所だ。今日のような日曜日の夜などは、完全に町自体が『休業日』と化している。
橋を降り、まっすぐ山の麓を目指す。走りなれた道のはずだが、夜になるとこれほどまでに表情が変わるものだろうか。何度か道を間違えてUターンをしてしまった。人気が無いとはいいつつも、時々、反射帯をつけて走る人ともすれ違った。確かに反射帯が無いとこの夜道は危険だ。大げさかもしれないが、命綱と言ってもいいだろう。ジョギング中に高齢者が車に轢かれたなんてニュースをたまに聞くが、車からしてみればどこまでが道路でどこからが側溝なのかもわからないような暗い道で、走っている人を見つけるには、相当近づかなければわかるまい。
しばらく走ると、山に登る道の目印でもあるコンビニエンス・ストアが見えてきた。
暗闇の中で光々と光を放っているコンビニ。店の前には幾人かたむろしている人達がいた。視線を合わせないようにして自転車を入り口付近へ停めた。
「しゃっいませぇ」
いかにもやる気の無い、気怠るそうな若い男性店員の声。こんな辺鄙な場所で明朗快活に仕事をしろというのが無理な話かもしれないが、給料を貰っているんだ、もうちょっとヤル気を見せてみろと言いたくなった。ああ、でも仕事を「キレて」辞めたばかりの私が言っても説得力がないな。
店内には雑誌を立ち読み、いや、座り読みしているジャージ姿の若者が数人いた。くだらない話で盛り上がっている。長居できるような雰囲気もでもないので、パンと500ミリリットルのコーヒー牛乳のペットボトルを買って店を後にした。
「あじゅじゅしたぁ~」
と、アルバイトの店員。もう日本語なのかすら怪しい。
外で外野に声をかけられた気もしたが、聞こえていないフリをしてコンビニ袋をカゴに放り込み、走り去った。
作品名:スタートライン (1) 作家名:山下泰文