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「父さんな、昔、二十代も終わりの頃だったか、当時勤めていた仕事を辞めてバイクで旅に出たことがあったんだよ。ほら、倉庫にバイクが一台あるだろ、あれでさ」
 倉庫のバイク? あの銀色のシートに被せてあるやつだろうか? てっきり母親の自転車かと思っていたが、たしかに自転車にしては大きいし、倉庫内にはガソリンの臭いが充満ていた。
「へぇ、バイクに乗ってたんだ」
「そう、『バイク乗り』ってヤツだ」
「意味わかんないんだけど」
「車に乗っているヤツを車乗りとは言わないが、バイクに乗ってるヤツはバイク乗りなのさ」
「ますます意味わかんない」
 父は嬉しそうにニヤニヤしている。普段からこんなにも饒舌だっただろうか。
 信号が青に変わる。先程のバイクが「ウォォン」と大きな音を轟かせると、瞬く間に視界から消えてしまった。凄いスピードだ。私達はというと、数メートル進んだ後、再び赤信号で停止してしまった。
「はっや!」
「ははは」
 バイクに乗る? この私が?
 想像もつかないよ。
 でも、バイクに乗るって、どんな感じなんだろう。
 横目で父の顔をのぞく。バイクに乗っている姿は、やはり想像できない。首を傾げる。まったく失礼な娘だ。
 信号が再び青に変わり、十秒もしないうちに赤信号へと変わる。
「んもう」
「はは、バイクならもう家に着いてるなァ」
 父は苦笑すると、そうボヤいた。