スタートライン (1)
「でも、気持ちに余裕が無くなるくらい仕事に振り回される生活なんて、私は嫌。あーあ、辞めちゃおっかなぁ」
「おいおい」
父は苦笑した。しかし、説得するなどということはせずに、私の愚痴をとりあえずは聞き、曖昧に返事を返すばかりだ。
窓から外を眺めていると、腕を組んで歩く若いカップルが目に止まった。なんとも幸せそうだ。目の輝きが、自分とは違うように思えた……。
軽い渋滞に捕まった。大型ショッピングセンターができて以来、定番の渋滞だ。平日の昼間から片田舎で渋滞に巻き込まれる。憂鬱な気分がさらに憂鬱になる。きっと駐車場も満車でしんばらくはターミナルをグルグルと周ることになるだろう。そんな渋滞のさなか、信号待ちをしている最中に一台のバイクが私達の車の脇を通り過ぎた。
「危ないなぁ」などと言う私をよそに、父は「おっ、FZか」と、つぶやき目で追う。すりぬけたバイクは、渋滞している車を後目に、信号待ちの先頭まで行ってしまった。
「ずっるーい」
「はは、バイクの特権だよ」
「でも、あれって交通違反じゃないの?」
「それを言われると痛いなぁ」
ポリポリと頭を掻く。
「そうだ」
「なに?」
「ストレス発散に良い方法があるぞ」
「なになに? 教えてよ」
「バイクに乗るんだよ」
父が驚く事を言いだした。何を言っているのか意味がわからなかった。
「なにそれ、バッカじゃない? 免許持ってないじゃん、アタシ」
ビックリしてとっさに元も子もない事を口走ってしまった。驚いて言い返したとはいえ、さすがにバカは言いすぎだと思い、謝ろうとしたところ、父はそんな事を気にしていなかったのか、話を続けた。
作品名:スタートライン (1) 作家名:山下泰文