スタートライン (1)
簡単な仕分け作業から始まった仕事も、いつしか季節や産地によっての野菜や果物の特徴ばかりか、産地による有名品種もひと通り覚えてしまっていた。りんごでいえば、富士、津軽、王林、デリシャス、ゴールデンデリシャス、千秋、ぐんま名月……それぞれに試食を許されていていたため、いつしか果物にはうるさい「クチ」になっていた。他店の視察という趣味(?)も増えた。この店においてある「ぐんま名月」は、私が他店で試食をした際、あまりに美味しかった為、店長に口添えして入荷してもらった品だ。結果、大好評で売れ行きも良く、とても嬉しかった思い出がある。
『学校より楽しいって?』
ある日、父に「仕事は楽しいか?」と問われ、「学校より楽しいよ」と答えたところ、そう言われたことがある。
いやいや、女子高でクラスメイトに嫌われないために行う努力や体裁づくりは、男子である父にはとても想像できるモノではないのだ。体裁に囚われないアルバイトの方が、よっぽど充実していた。そう、今日までは。
今日まで。そう、そんな、それなりに充実していたアルバイト生活を送っていたさなか、唐突に変化が訪れたのだ。
なんと、バイトリーダーに昇格してしまったのだ。
してしまった? アルバイトであれ、事実上は昇進であり昇給に繋がることだ。悪い事などではない。だが、これは予想外であり、あまり嬉しいことではなかった。理由は簡単だ。
『責任がついてまわってしまう』
何をいっているのだ? こうして人は社会人として成長してゆくのだ。要は認められたわけであり、もうワンステップ進んだ仕事期待されているという事だ。だが、そんなプラスの出来事も、常にリーダーという役職を避けて人生を歩んできた私にとっては、青天の霹靂だった。
ミスがほぼゼロだったのと、同年代のバイト君達が口答えしたり、無断欠勤をする中、皆勤賞で文句を言うこともなく聞き入れる性格が幸い(災い)したようだった。仕事っぷりも業者さんから評価されて好印象だったようだ。思い返せば「店長に太鼓判を押しておいてやる」なんて言われた事もあった。まさか、本当にプッシュしていたとは……。
作品名:スタートライン (1) 作家名:山下泰文