スタートライン (1)
1:昨日までの私
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中秋。高校を卒業して一年半が過ぎた今日、私、沢渡美紀は、都内のスーパーマーケットでアルバイトをしている。
やりたいことがあれば「就職」という選択肢に進んでいたのかもしれないが、特にやりたいこともそれといって無かったので「ひとまずアルバイトしながら将来の方向性を考えてみる」という口実で、フリーターという名の自由業を選択した。「おまえなら良い企業を狙っても可能性はある」なんて、進路指導の教師からはさも勿体無さそうに言われたりもしたが、就職氷河期などと呼ばれるこの時代に、周りのライバルを蹴散らして高倍率の企業に戦いを挑むには、私はいささか闘争心が足りなさ過ぎる。
そんな事で名目上、「将来の方向性を考えながら」毎日スーパーマーケットで生鮮食料品を仕分けするのが私の今の生業だ。
アルバイトの募集は就職に比べれば沢山あった。都会に隣接している中核都市なので、販売業をはじめ、小売業、製造業、サービス業と、どれもアルバイト・パートの枠はそれなりに求人に溢れていた。その溢れる選択肢の中で私が選んだのがスーパーマーケットの裏方だ。
実のところ販売業にも興味があったのだが、少し学校でも孤立していたせいもあって、同級生達には顔を合わせたくなかった。スーパーの採用担当者も、若い女子アルバイトといえばレジ打ちと思い込んでいたようで、私が「裏方」を希望していると知った時は、それはそれは面食らった顔をしていたのを良く覚えている。
勤務時間はフルタイムだ。週五日、毎日八時間、みっちりと働いている。バイト代は決して高い方ではないし、力仕事もそれなりにある。およそ女子なら嫌がる仕事だろうが、自分には向いていた。力仕事も、コツを覚えてからは苦痛ではなくなった。黙々と仕事を一つ一つ片付ける、そんな作業が自分には向いていた。考えてみれば、父は車の組立工場のライン作業員で、母は精密機器メーカーの作業員。なるほど、坦々と仕事をするのに向いた血を引き継いでいるのかもしれない。
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中秋。高校を卒業して一年半が過ぎた今日、私、沢渡美紀は、都内のスーパーマーケットでアルバイトをしている。
やりたいことがあれば「就職」という選択肢に進んでいたのかもしれないが、特にやりたいこともそれといって無かったので「ひとまずアルバイトしながら将来の方向性を考えてみる」という口実で、フリーターという名の自由業を選択した。「おまえなら良い企業を狙っても可能性はある」なんて、進路指導の教師からはさも勿体無さそうに言われたりもしたが、就職氷河期などと呼ばれるこの時代に、周りのライバルを蹴散らして高倍率の企業に戦いを挑むには、私はいささか闘争心が足りなさ過ぎる。
そんな事で名目上、「将来の方向性を考えながら」毎日スーパーマーケットで生鮮食料品を仕分けするのが私の今の生業だ。
アルバイトの募集は就職に比べれば沢山あった。都会に隣接している中核都市なので、販売業をはじめ、小売業、製造業、サービス業と、どれもアルバイト・パートの枠はそれなりに求人に溢れていた。その溢れる選択肢の中で私が選んだのがスーパーマーケットの裏方だ。
実のところ販売業にも興味があったのだが、少し学校でも孤立していたせいもあって、同級生達には顔を合わせたくなかった。スーパーの採用担当者も、若い女子アルバイトといえばレジ打ちと思い込んでいたようで、私が「裏方」を希望していると知った時は、それはそれは面食らった顔をしていたのを良く覚えている。
勤務時間はフルタイムだ。週五日、毎日八時間、みっちりと働いている。バイト代は決して高い方ではないし、力仕事もそれなりにある。およそ女子なら嫌がる仕事だろうが、自分には向いていた。力仕事も、コツを覚えてからは苦痛ではなくなった。黙々と仕事を一つ一つ片付ける、そんな作業が自分には向いていた。考えてみれば、父は車の組立工場のライン作業員で、母は精密機器メーカーの作業員。なるほど、坦々と仕事をするのに向いた血を引き継いでいるのかもしれない。
作品名:スタートライン (1) 作家名:山下泰文