スタートライン (1)
キョトンとしてしまった。何を突然。しかもデザートって、単なるプリンじゃないか…。袋のニコニコマークが嘲笑うかのように私を見ていた。
「どぅも」
断る理由もないのでプリンを受け取った。スプーンも一緒によこす。勿論、先ほどポケットに入れた「あの」スプーンではなく、ビニールに包まれた新品のものだ。立ったまま自分の分を食べ始める彼。
「良かったら、隣に座ってもいいですよ」
「おお、そうか。悪いね。お邪魔するよ」
そう言うと、「よっこいしょ」と左のブランコに座る。さすがに大の大人が乗るようには設計されていないので、少し窮屈そうに見えた。
初めて出会った男と、しかも、ツーリングで野宿中の人と二人、ブランコに座り、プリンを食べる。なんとも不思議な空間だ。あまり男性に耐性がある方でもないので、妙に緊張する。人に見られでもしたら席を立ってしまいそうな気分だった。とりあえず、プリンに口をつけた。
「お父さ…父がバイク乗りはバイク乗りっていう生き物で、普通とは違うって言ってました」
唐突に、話を最初の話題に戻した。
「普通って?」
「バイクに乗らない人の事だと思います」
「へぇ、お父さんはバイク乗りなんだね」
「だった、みたいです。バイクも見たことないし、乗ってるところも見たことないですけど」
「だった、か。降りたわけじゃないのかな?」
「まだ倉庫にあるみたいです」
「じゃあ、まだバイク乗りだね」
「そんなもんなんですか」
「乗りたくてウズウズしてると思うよ」
「はぁ」
彼はプリンを平らげると、もう一つ袋から取り出す。袋に目をやると、まだ数個のプリンが入っていた。いったい何個食べるつもりなんだ。
作品名:スタートライン (1) 作家名:山下泰文