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くらたななうみ
くらたななうみ
novelistID. 18113
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暗転、そして、

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『羽根をたたんで!』

 私は今度は口頭で指示を出した。ヴェルグは言うとおりにしたが、折れてしまった右の翼羽部は、うまくたたむことができないようだ。

『――それときみ、一言多い』

 卵を抱きかかえた小さなハヤブサを、私は並走するように滑落しながら、素早く胸部に抱き込む。折れた部分にはなるべく触らぬようにしたが、飛びながら空へ放り出してしまっては元も子もない。

『うるせえっ、つーか痛えおまえ』

 苦情を無視し、空気を数段階に蹴って落下速度を更に上げる。
 みるみる地上が近づき、電波塔の赤い航空障害灯が、はっきり目視できるまでになった。一際大きい塔を選ぶと、私は一度仰向けになってから、ハイジャンパーの背面跳びさながらに内部に飛び込む。
 スカーレットはおとりで、月は目くらまし。電波塔はさしずめ、緊急避難用チューブと言ったところだろう。

『明るさに眩んだ目で、暗闇の中、果たして着いてこれるかな』

 迫ってきたリリーとスカイフィッシュ群に、挑発的な笑みを投げかけてやる。
 そこからは一直線だった。内部を縫って下へ下へと降下、わざと鉄索が密集している場所を選び、刺繍をするように小刻みに抜けた。スカイフィッシュたちの大きな透明の翼が高圧線に掛かる小さなスパーク音や、鉄索を打つ苛立たしげな羽音を聞きながら、羽根を持たない私はすいすい下へ抜ける。塔の根元には鬱蒼とした常緑樹の森林が、山の頂上へと被さるように広がっていた。

『華麗なる敗走劇だな、あっぱれ』

 ヴェルグが言った。
 空には鉄塔なんてもちろん建っていないし、木々だって無論生い茂ってなどいない。地の利だけはこちらにあった。



 ◇◇◇


「リリーは……」
 ナナシノモノは、そこで一度、言葉を切った。
 私たちは、スカーレットの赤い鳴動を羽根や洋服で覆い隠し、森の中を静かに移動していた。
 夜空に被さる木々の隙間から、時折月がまみえる。随分と高くなった。森に響くのはヴェルグの羽音と、夜行性の動物が放つ気配だけだ。
「ダイヤモンドリリーは、飛ばないスカイフィッシュでした」
 ナナシノモノはぽつりと言った。私は、敗走の最中でヴェルグが言った台詞のどこに、決定的なまずさがあったのか分からなかった。確かに”ハーフ・フィッシュ”に対する差別的な表現が、多く盛り込まれてはいたが。
 ただ、リリーはもっと、別の部分で激昂したような気がしたのだ。ゆえに私は、彼女についての話が聞きたくなっていた。
「ネコでありたい――ゆえに、飛ばなかった。そう言った方が正しい」
「でも私と初めて会ったとき、『ネコじゃない』って怒鳴ったわ。すごく速く飛ぶし」
「アキ、リリーの白い、シルクのリボンを見ましたよね」
 黒い毛並みに映えた白く滑らかなリボンは、ネコの小さな体躯にしては、幅が広く、少し長かったように思える。私は初対面のときのリリーの姿を、脳裏に蘇らせた。
「あれは、僕が結んだものだ。彼女が――ネコでいるのを諦めてしまった日に」
 純白でない羽根の代わりに、純白の大きなリボンを、その悲しみが少しでも和らぐように。遠い日を追想するかのようなナナシノモノの口調は、最良を尽くせなかった自身を責めているようだった。
「リリーの父君は、普通のスカイフィッシュでした。そして、母君は、普通のネコでした」
 改めて提示され、その難しさに気が付いた。
 私が今まで思っていた定義に当てはめてみても、当てはめなくても、スカイフィッシュに寿命があるなんて話は聞いたことが無い。おそらく私が想像するよりもっと、限りなく長いだろう。地上に息づき、大地と呼吸し衰退する哺乳動物の寿命なんて、それに比べれば一瞬の身じろぎにしか値しない。寄り添うには余りに短かい。伴侶としても、親子としても、刹那の共生にしかならないのだ。
「じゃあ、ネコでいるのを諦めてしまった日って――」
「リリーの母君は十二年と少しで、天寿を全うしたと聞きます」
 動かない肢体、美しかった黒い毛並みは抜け落ち、腐臭にまみれる地肌が露になる。腐敗に伴うように頭蓋までもが露出し、融けて土に還っていく。彼女はネコである母親の死を目の当たりにした。同時に、ネコと自分との相違点を思い知った。そして、諦めた。
 ネコでいるのを諦めて、母親の枯骨を抱いたままなのに、今度はスカイフィッシュでいようとしている。今度はスカイフィッシュと自分の決定的な相違点を突きつけられ、”スカイフィッシュとして存在することさえ諦めざるを得ない日”を恐れているにもかかわらずだ。
「次会ったら、本当に殺されるな、俺は」
 『所詮お前はハーフじゃねえか! どっちつかずがエラそうにすんじゃねえ!』
 ヴェルグのこの発言は、スカイフィッシュの中に必死で居場所を囲おうとしているリリー自身の、存在否定に僅かながら抵触している。確かに、「おまえはスカイフィッシュじゃないんだから口を出すな」と言ってるようにも聞こえてしまう。
「しかし、解せねえな。だったら尚更、スカイフィッシュの卵を害するなんておかしいだろうが」
 スカイフィッシュの卵は緋色に美しく輝いている。しかし悪魔と皆が呼び、敵だという。赤い悪魔、スカイフィッシュの敵、そう皆が思っているのだと、ナナシノモノは先刻私に説明してくれた。
 これは人間の世界での、ある風潮にどこか似通っている。
「多数派と少数派の、力関係――”沈黙の螺旋”という言葉があるわ」
 多数派からの反対や孤立を恐れて、少数派は自らの主張を封じる。やがて、少数派は完全に隠匿され、表には発現しなくなってしまうことだ。
「スカーレットを忌み嫌うのが多数派の皆さんだとすれば、俺らみたいのが少数派っつうわけだ」
「スカイフィッシュは人間に、一番似てる生き物なのかもね」
「群れる生き物ってのは怖いな。ハヤブサは群れる種族じゃねえから、気持ちが一切分からない」
 先の空中戦、スカイフィッシュ側で少数派をかたる者は、誰もいなかった。攻撃に参加こそしないが、ナナシノモノさえ傍観が仕方ないことと考えていた。つまり、少数派が隠匿されきった構図が、既にできあがってしまっている。
「ネコでいることを諦めてしまったリリーは、スカイフィッシュの血統にすがるしかなかった、スカイフィッシュの通念に従うしかなかった――僕がただ傍観していた以上に、『ハーフ・フィッシュ』である彼女は強迫観念に駆られていたんだ」
「もし、スカイフィッシュでいることまで諦めたら――?」
「内面的な意味で、自らの居場所を、永久に失ってしまう」
 純白の羽根のイミテーションとして結ばれた白リボンは、実は間違いだったんじゃなかろうか、と私は少し思った。言わなかったが。
「リリーは、血に縛られているんだわ」
 ある意味、私と同じだ――と、密かにつぶやいてみる。
 私の中にいるナナシノモノは、そのつぶやきが確実に聞こえたはずなのに、何も言い及ばなかった。ほっとはしたが同時に、最初にされた質問に答えるときが、刻一刻と迫っている予感がした。何故かは分からない。
「少数派はこれから、どうすればいいの」
 不意に作ってしまった沈黙を埋める為、私は喋ることにした。
作品名:暗転、そして、 作家名:くらたななうみ