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松嶋ネコヂロウ
松嶋ネコヂロウ
novelistID. 18091
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ホロ

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 そもそもひまわりは一対一でする遊びではない。本来は大人数でする遊びで、内側チームが有利なため外側チームを多くするのが通例だ。一対一では常に外側の人間を内側の人間がマークするため、外側の難易度がぐんと上がる。
 作戦なしに入ろうとしても、いつものように弾き返されてしまうだろう。
 ユリは両の手のひらをホロの目の高さに持っていく。パン、と乾いた音が鳴った。猫だましだ。
 すぐさま走りだしたが、ホロは猫だましなど全く意に介していないようで、驚くべき反射力でユリの肩を押し出した。ユリはよろめき、花びらの外で尻餅をつく。
 ――ひひ、そんな子供だましな技はおいらにゃ効かねぇぞお。
 ホロは力士のように張り手をしゅしゅっと空中に突いてみせる。ユリは奥歯を噛みしめ、立ち上がって尻の砂を払った。
「もう一回!」

 陽が傾き始め、夕日が神社裏を朱色に染めていた。
 何度ひまわりをしただろうか。二人とも本殿の縁側に並んで腰掛け、荒い息を吐いていた。
 夕方の空気と温度は独特だった。昼間ほどの温度はなく、徐々にだが汗は引いていく。山の裾から照射される夕日は優しく、それでいて刺激的で、綺麗だからとずっと眺めていると目が痛む。かすかな侘びしさすら感じた。
 皆、家へ帰る時間なのだ。しかし、帰る家が無いものがこの空間に二名。疲労のためか、お互い無言だった。荒かった息が整い始め、静けさが一層増す。
 ユリはひまわりの中心に置かれた麦わら帽子に目を向けた。
「もしかしたらあたし、もうホロには勝てないのかもしれない」
 何度ひまわりを続けたか分からない。ただ、ユリの全敗であることは確かだった。
 ――なんだ、随分弱気じゃないかお嬢さん。ゲームの条件はおいらの方が圧倒的に有利なんだぜ。諦めずにやってりゃ一回くらい勝てるさ。
「無理だよ」
 ユリは顔を伏せる。ホロは首を傾げる。
 ――もういらねぇのか? あの帽子。
「いらないわけないじゃん」ユリは首を振った。「あれはお母さんが最後にプレゼントしてくれた帽子なの」
 ユリは膝の上に乗せた手を握りしめていた。母との思い出を巡らせると、自然と今の家庭が心地悪くて仕方がなかった。
「よく考えれば、あたしはお母さんがいなければ本当のひとりぼっちなのよ。友達だって出来たことないし」
 どうしようもない感傷と焦燥で胸がいっぱいになる。握りしめた手が震えた。意図せず視界が潤む。
「あの麦わら帽子があたしとお母さんとの最後の繋がりだと思ってたけど、いつまでも持っていても意味がないのよ。帽子一つあっても、あたしが一人ぼっちなことに代わりはないんだから」
 雑木林からひぐらしの鳴き喚く音がする。どこからともなくカエルの群れが大合唱を始めていた。沈黙の中で、それらは耳を塞ぎたくなるほどけたたましく聞こえる。
 ホロは真っ直ぐ前を見据えたまま口を開く。
 ――家に帰れば、家族がいるじゃないか。
 突然、ユリが砂利を踏みしめながら立ち上がった。唇を震わせ、目元に涙を浮かべながらホロを見下ろした。
「あんなの、家族じゃない!」
 ――家族だ。お前さんのことが本当に嫌いなら、とっくに親戚にでも預けている。
「そんなの、ただ世間体を気にしてるだけだわ。あそこの人間は義理とはいえ自分の子供を見捨てたって、そう思われたくないから仕方なくあたしと暮らしてるだけよ」
 ――違う。
「違わない。現にお義父さんもお義母さんも赤ちゃんが出来た途端、あたしに構ってくれなくなったのよ。あたしにとっての本当の家族はお母さんだけ――」
 ――ユリ。
 窘めるようにホロは彼女を呼ぶが、それ以上の言葉を言い淀む。ユリは縋りつくようにホロへ近づく。ホロの腰に手を回し、下からその顔を見上げる。
「そうでしょう? お母さん」
 ホロが言葉を失う。無表情の裏に焦りが浮かんでいる。
 ――違う、おいらは、違う。
「嘘よ。口調でごまかしたって、態度でごまかしたって、あたしは分かったよ。お母さんはあたしが知らない遊びをいっぱい知ってて、教えてくれて、いつの間にかあたしよりお母さんの方が楽しそうに遊んでるの。面倒見がよくて、優しくて、抱っこすると気持ちよくて」
 ホロは頭を振った。否定を示そうとするが、言葉が出てこない。
「お母さん、なんでホロになったこと、あたしに教えてくれなかったの? 酷いじゃない。あたしずっと寂しかったんだよ。どうしてここで会ったとき、あたしのことなんて知らない振りなんてしたの? 本当はあたしのこと、全部覚えてるんでしょう?」
 ――おいらは違う。お前さんの母親なんかじゃねえ。
「じゃあ、どうしてさっきあたしのこと『ユリ』って呼んだの? あたし、名乗った覚えなんてないよ」
 ホロの動きが止まる、愕然としたようにユリの顔を見返した。ユリは泣き顔に無理矢理笑みを浮かべていた。彼女の顔がぱっと明るくなる。頬を染め、ホロの胸元に頬ずりをした。
「ほら、やっぱりお母さんだ」
 擦り寄るユリを、ホロはそのまま抱きしめてくれはしなかった。ホロはただ困惑した様子でユリの頭を見下ろすばかりだ。
 ふと、何か気配に気づいてホロは顔を上げる。視線の先に何かを捉えた。
「ねえお母さん。抱っこしてよ、昔みたいに、ねぇ」
 ユリがだだをこねる幼児のようにホロの身体を揺すった。
 ――ユリ、帰るんだ。
「え?」
 突然、ユリの背後で怒号が上がった。振り返ると、黒縁の眼鏡をかけた男こちらへ向かって突進してきていた。ユリが驚いたように立ち上がる。
「お義父さん」
 ユリの義父であった。義父はホロに飛びかかると、貧弱そうな腕を幾度もばたつかせてホロを叩きつけた。
「うちの娘に、触るなっ!」
 張り裂けそうな声だった。彼の手によってホロは為すすべもなく打ちのめされていく。
 ユリが泣き叫びながら義父の背中に抱きついて制止しようとする。もはや、自分がなんと叫んでいたのかすら分からなかった。
 数十秒後、そこには義父に抱き寄せられて呆然とするユリと、地面にぼろ雑巾のように倒れ伏したホロの姿があった。
 ユリは義父の腕をほどき、よろついた足でホロのもとへと歩み寄っていく。後ろから義父の声がしたが、彼女の耳には半分も届かなかった。ホロの顔をのぞき込むと、ホロはへへへと笑った。
 ――おいらにパンチは効かねえよ。
「全然、そんな風に見えないよ……」
 ――もう分かったな、お義父さんは、お前さんのことをちゃんと家族だと思っている。
 ユリは義父の顔を見やる。酷くやつれた顔だった。髭もまともに剃らず、前髪を不格好に垂らし、心配そうな顔でユリたちを見守っていた。戸惑いながらもユリは首を縦に振る。
 ――ユリ、お前さんはもう家に帰れるな。
「じゃあ、お母さんも一緒に暮らそうよ。いいでしょ?」
 ――駄目だ。おいらはお前らとは暮らせねえ。そのかわり、
 ホロはかすかに右腕を上げ、ひまわりの真ん中に置かれた麦わら帽子を指した。
 ――あれはまだおいらのもんだ。お前さんはまだおいらに勝ってねえ。おいらに勝てるまで、たまにここへ来てもらうからな。
 ホロはむくりと半身を起こし、優しくユリを抱き寄せる。
 ――最後に一回だけ抱っこしてやる。これで甘えん坊も卒業するんだぞ。
作品名:ホロ 作家名:松嶋ネコヂロウ