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松嶋ネコヂロウ
松嶋ネコヂロウ
novelistID. 18091
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ホロ

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 ホロがあぐらをかいて金属箱を足の上に乗せた。ユリも興味を示して上から覗き込む。
 蓋が錆び付いて開きにくかったが、ホロが掛け声混じりに力を込めると、ベコベコと不格好な音を上げて開いた。
「えっ」
 ユリが驚嘆したような声を上げる。箱の中には大量の紙幣や硬貨が乱雑に詰め込まれていた。
「いくらあるの。というか、何でこんなに持ってるの」
 ――合わせて二十万近くは堅いな。驚いたかい。全部拾ったのさ。
「拾ったってあんた、いくら拾い物だからって勝手に取ったら犯罪よ。通報するわよ」
 ――安心しろ。ちゃんと一度は交番に届けたんだ。落とし主が見つからなかったから全部おいらのもんだ。
 ユリはそれ以上何も言及できなかった。当たり前だ、ホロの言うことが本当ならこのお金は法律的にも間違いなくホロの物なのだ。
 ――おいら、ほんとは金なんかいらねぇし、お前さんに全部あげちまってもいいんだが、でも子供に大金持たせるのは教育上よくねぇからな。必要な分だけやるぞ。
 ほれ、とホロは五千円紙幣を差し出した。ユリは及び腰ながらもそれを受け取る。
 紙幣を開いて海中電灯の光を当てる。どうやら偽札ではなさそうだ。
 ――疑り深いなぁ。本物だから安心して使え。
「……ありがと」
 ユリが小さく会釈する。本殿に戻り、寝間着に着替えていると、突然戸が開いて金だらいと洗濯板を持ったホロが出てきた。
 びくっと全身を震わせて服で身を隠す。今更だが、やはりホロには性別という概念がないのだということを思い出す。こういうことは毛ほども気にしないのだ。
 だがホロがなまじ人の姿に近く、言葉まで扱えるのだから、半裸を見られたという恥ずかしさだけは残留してしまう。
「なによ」
 ユリなりに凄みを利かせて睨みつけてみたが、ホロは全くと言っていいほど動じていなかった。
 ――言い忘れてた。ついでに洗剤も買ってきてくれ。お前さんの服を洗ってやろうと思ったが、切らしてしまいそうでね。一回分くらいしか残ってないんだ。
「分かったから早く出てって!」
 ヒステリックにまくし立てるユリに、何を怒ってるんだ、とばかりにホロは頭を掻きながら本殿を出ていった。

 ユリは銭湯で汗を流した後そのままドラッグストアへ向かった。寝間着姿のままドラッグストアに入ることに多少の気恥ずかしさを感じたが、ここに及んで何を気にしても仕方ないと割り切り、なるべく周りの視線に入らないように商品棚の間を闊歩して洋服用洗剤を購入した。
 神社に戻ると、ユリの服や下着が堂々と本殿の屋根からハンガーを掛けて干されていた。小さな怒りを覚えたが、洗濯してもらったのだからあまり強い文句は言えず、それでもやはり恥ずかしいので結局衣類は回収して神社の屋内で干すことにした。
 もはや住居スペースとなった本殿の戸を開けると、ホロが床に大の字になって眠っていた。きゅるきゅる、という小動物のような寝息が口元から漏れている。プリンのように柔らかそうな腹が規則正しく上下していた。
 ハンガーを窓枠に掛け服や下着を干しながら、ホロの頭の上の麦わら帽子を見つめた。被ったまま横になっているのでつばの後ろがぺしゃんこになっている。
 寝ている隙に帽子を奪い返せるのではないだろうか、そう考えたユリは早速麦わら帽子に手を掛けた。少し引っ張ってみて、すぐ異変に気付いた。帽子はホロの頭にぴったりとくっついてしまっている。吸盤にさらに粘着性を持たせて吸い付けているかのようだ。無理に引き剥がせば帽子が壊れてしまうのではないか。
 断念せざるを得なかった。ユリは諦めて、今度は先程から小刻みに揺れている腹に視線を送った。
 柔らかそうだなぁ。
 ユリの小さな好奇心が揺り動かされた。試しにその腹に手を添えてみる。ホロが息を吐く度に腹は上へと膨らんだが、ユリが手を置いた分だけ丸くへこんだ。
 低反発枕も顔負けだった。ゼリーの柔らかさに些少の弾力を感じさせる。ベッドにしたら好評を受けそうな肌触りだった。
 ただし砂や泥が所々付着していたので、ユリはそれを丹念にウェットティッシュで拭き取った。
 試しにホロの腹の上に寝転んでみる。ホロが目覚めるかもしれないなんて、まるで考えもしない無遠慮な動作だった。
 しかし、ホロは起きない。腹の揺れはそのまま継続された。そのたびに心地よい揺れがユリへと伝わっていく。頭の先にはホロの口元があり、寝息はきゅるきゅるからくるくるに微妙に変わっていた。
 少しうるさかったが、それ以上に寝心地が抜群だった。何より肌の冷たさが熱帯夜には嬉しい。まるで呼吸可能な無重力の中を漂っているようだった。ユリはそのまま、ゆっくりと目を閉じた。

 夢うつつの中、全身に衝撃が走った。何事かと目を覚ますと、ユリの視線の先には天井があった。後頭部と背中に堅い感触がある。床の感触だ。
 顔を横に向けると、背伸びするホロがいた。どうやらあたしはホロの起きがけに腹の上から落下してしまったらしい、とユリは得心する。
 ホロはボリボリと腹を掻きながら本殿を出た。ユリは眠気眼で、昨日と同じように内陣の鏡で髪型をセットしてから神社裏へと赴いた。
 ――あぁ、うぅん。
 朝日のもと、ホロが中年臭く息を吐きながら両手を広げて体操していた。朝の光合成中らしい。
「おはようホロ」
 ユリが声をかけると、ホロは太陽へと視線を向けたまま、おはようお嬢さん、と返した。
 ――なぁ、なんだか腹のあたりに違和感を感じるんだ。お嬢さん、何か知らないかい。
「知らない」
 言って何か問題があるというわけではなかったが、しらばっくれておいた。なにより、ホロのお腹の上が気持ちよくてついそのまま眠ってしまったなんて、なんとなく言うのも気恥ずかしかった。
 私は本殿に戻って、昨日銭湯の帰りにコンビニで買ったランチパックと野菜ジュースで朝食をとった。
 また神社裏へ行くと、またホロが昨日と同じ位置にひまわりを描いていた。
 ――朝の準備運動代わりに、いっちょ勝負だ。
 ユリに断る理由はなかった。麦わら帽子を取り返さなくてはならない上、昨日お風呂に入って心地よい睡眠も得たため体調も良好なのだ。
 ホロが、被った麦わら帽をいとも簡単にポンと取り外す。ホロ曰く、自分の力の入れ具合で肌の吸着力や反発力などを変化させることが出来るらしい。
 円の中に麦わら帽子を置き、ゲームが始まる。
 一回目、ひまわりの円を半周したところでホロに押し出された。
 二回目、今度は円を一周半ほど回ることができた。
 三回目、ユリの体が暖まってきた。今回はきっちりひまわりを二周し、円の入り口にまで到達する。
 ――お前さん、ひまわり強くなったんじゃねえか。
 ホロが円の入り口を守るように両腕を左右に広げている。腕の長さは昨日の要望どおり短くしてハンデをくわえてある。
「でも、帽子を取り返せなきゃ何の意味もないわ」
 ユリはホロの脇奥に見える麦わら帽子を一瞥した。
 二周するまではいいが、いつもこの入り口で押し出されてしまう。入り口の広さがホロの両手を広げた長さに比肩するので、どう足掻いても侵入するときに捕まってしまうのだ。
作品名:ホロ 作家名:松嶋ネコヂロウ