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松嶋ネコヂロウ
松嶋ネコヂロウ
novelistID. 18091
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ホロ

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 ユリは近所のお婆ちゃんの口癖を真似して、さらに皮肉を込めて言った。
 ――ようし、これでひまわりができるな。今ひまわりを描くからな。ルール説明はそのあとだ。
「あたし、そんな遊びやらないわよ」
 ユリは神社の高床に腰かけながら声を低くして言った。彼女の声が聞こえていないのか、ホロはお構いなしに木の枝を取って地面に何かを描き始めた。
 ――ひまわりってなぁな、まずこうして地面に大きなひまわりを描くんだ。
 ホロは直径五メートルほどの大きな円を砂に刻んでいく。その円の周りに大小さまざまな花びらを描き、最後に円の一部を消す。ここでホロが木の枝を止めてユリを見る。
 ――今消した部分が円への入り口だ。円の中にはお宝を置く。
「お宝」
 ――そうお宝。空き缶でも石っころでも何でもいいが、何がいいかねお嬢さん。
「何でもいいの。じゃあ神社の中にあるあの鏡はどうかしら」
 ――なんてばち当たりなことを。あれは御神体だぜ。最近の子供は恐ろしいことを言うんだな。
「知らない。どうせあたし、そんなのやらないし」
 ――まぁそんなこと言わずに。おや、お嬢さんの被ってるその帽子なんかいいんじゃないかい?
 ホロは右腕を上げてユリの頭の上を指した。ユリはつばの広い麦わら帽子を被っていた。
 ユリは麦わら帽子を守るように両手で抑える。
「これはダメ」
 ――何故だい。
 ユリは答えなかった。答えない代わりに、ホロの呆けた顔を睨んだ。ホロは、ひひひと笑うと、いきなりユリへ向かって走り出した。
 ホロは見た目に反して俊足だった。ユリはかろうじて立ち上がり、逃げる体勢に入ったものの、もうすでにホロは長い腕をユリの頭上まで伸ばしていた。
 ――とったぁ。
 ホロが天高く腕を上げる。手にはぴたりと麦わら帽子がくっついていた。ユリは必死にジャンプして手を伸ばしたが、彼女の手は虚しく空中を掴むだけだった。
「こんなことして、絶対に許さないわよ、このゼリー人間」
 ――なんとでも言ってくれや。お宝はこれに決定だ。
 ユリはひたすらホロの腹や背中に小さな拳を叩きつけたが、彼女の攻撃はゴムマリのようにはじき返されるだけだった。
 ホロはひまわりの絵に戻っていく。そして円の中心に麦わら帽子を置いた。すかさずユリは円の中に入ろうとしたが、あえなくホロに捕まえられてしまった。
 ――帽子が欲しけりゃ、おいらとひまわりで勝負だ。
「だからどうやってやるのよひまわりって」
 ――まぁ落ち着け。
 ホロは余裕げな口調で説明を始めた。
 ひまわりとは本来大人数でする遊びだ。まずチームを二つ作り、外側チームと内側チームに別れる。始めの合図で外側チームは花びらの通路を使って二周回る。内側チームは円の内側から、花びらを通る外側チームの人間を外に押し出したり引っ張ったりして花びらから外に出すのだ。
 外側チームは花びら通路を二周回ると円の中に入ることができる。円への入り口は、先ほどホロが消した円の一部である。あれは入り口をあらわしているのだ。
 ――ここまでは分かったかね、お嬢さん。
「つまりあたしは花びらの通路でひまわりを二周して、円の中に入ったら勝ちってこと?」
 ――少し違うな。それから円の中のお宝を奪えば勝ちだ。
「でも、そのお宝を奪うのだってまた内側チームが邪魔してくるんでしょ」
 ――もちろんだ。でも、それでおいらに勝ったら帽子は返してやるぜ。
 ホロは波打つ腹を抱えながらケラケラと笑った。ユリは歯噛みしながらホロを睨みすえる。
「いいわよ。やってやろうじゃない」

 ――お前さんの命は十回だ。
 開始直後のこと、ホロは円の中で両手を広げて言った。ゴールキーパーのような構え方だ。ただ、伸ばした両手の先が少し垂れ下がっていてだらしない。
「なにそれ、十回花びらの外に出されたら負けってこと?」
 ユリは花びらの端っこで守りの体勢を作りながら返した。ここならばホロの長い手もかろうじて届かない。
 ――その通り。それが無理なら二十回にしてやろうか。
「十回で十分よ」
 ホロの挑発に乗るまいと、ユリはあくまで冷静に答えた。
 三十秒ほどのにらみ合いの末、ようやくユリが動き出した。一気に花びらを二つ、三つと飛び越えていく。
 ――なんの。
 ホロが素早く円の中を走ってユリを追う。ゴムのような手でユリの背中をぽんと押した。ユリはあっさりと花びらの外に出てしまった。
「何すんのよ。外に出ちゃったじゃない。邪魔しないでよ」
 ――何を世迷言を。邪魔をするのがおいらの仕事だ。
 ユリは不機嫌そうに眉を下げて開始位置に戻っていった。
 二回目もホロの長い腕と、ゴムのような手に押し出されてしまう。
「卑怯よ、その手といい、腕の長さといい」
 ――卑怯じゃない。これがおいらの身体なのだ。
 ホロは全身をこんにゃくのようにブルブルと震わせた。
「ならハンデ。その腕縮めなさい。これじゃ対等じゃないわ」
 ――文句の多いお嬢さんだ。ならば、どれくらいの長さにすればいい?
「そうね、あたしの腕と同じ長さなら対等と言えるわ」
 ――うむ、分かった。
 ホロは自分の右腕を掴み、ふん、というかけ声とともに胴体に押し込んだ。左腕も同じように引っ込める。左右の腕が同じ長さではないのが不格好ではあるが、ユリは満足したように頷いた。
 それから幾度かの休憩を挟みつつ、ひまわりを7ゲーム続けた。ユリが円の中に入れたのはたった二回である。しかもその二回とも、ホロの大きな身体に押し負けてしまった。ホロは力こそ強くはないものの、身体の反発力ゆえか、ひとたび張り手でも食らえば一気に弾き出されてしまう。
 ひまわりという遊びにおいてはかなりの強敵である。
「疲れた。もう今日はいいわ」
 ユリは額の汗を拭った。太陽は頭上高くなっていて、腕時計を見ると、もう午後一時になっていた。気温も一日で最も高い時間だ。
 ――しかしあと一回あるぞ、お前さんの命。
「そろそろお昼ご飯食べたいの」
 ――そうか、じゃあ一緒に食べよう。
「なんであんたなんかと」
 ――だってお前さん、昨日の晩も何も食べてないだろう。金もあんま持ってなさそうだし。おいらが食べ物を分けてやるよ。
 ホロの言う通り、ユリは昨日の晩から何も口にしていない。その上、この気温の中運動を続けていたため吐き気すら覚えるほどだった。
 ユリは逡巡しながら顔を逸らした。
 ――ようし、今食料を取ってくるから待っていろ。
 ホロは麦わら帽子を拾い上げ、頭に押し込むようにして被り、例の俊足で雑木林へと消えて言った。

 三十分ほど経ってからだろうか。
 ユリが高床の上で扇子を煽いで涼んでいると、雑木林の奥から大量の川魚を腕に抱えたホロが飛び出して来た。そのあまりの唐突さと勢いに、ユリはまた小さく悲鳴を上げてしまった。
 ――今日は大量だ。鮎を四匹、フナが六匹だ。
 ホロが弾んだ声で言う。頭に被った麦わら帽子のつばから水分が滴り落ちていた。
「ど、どうやってそんなに捕まえるのよ?」
 ――おいらの身体はな、川の中に入ると魚ですらおいらと水との見分けがつかなくなるのさ。川の中に潜って静かに待ち伏せ、魚が寄ってきたところを一気に絞め上げて殺すのだ。
作品名:ホロ 作家名:松嶋ネコヂロウ