オルコンデリート(後編)
ちょうど読み終えたところで、携帯電話が鳴った。向島からだ。
「もしもし、ちょっとあなたどこに居るのよ」
「どこって家。警察に行ったの?」
「行ったわよ。さっき帰って来たとこ」
「久坂発言は役立ったの?」
「参考にするって言われたわ。あなたからも詳しく聞きたいって刑事さん、言ってたわよ」
「そう」
「そんなことよりあなた、久坂さん見つかったわよ」
「新宿で見つかったんでしょ。歌舞伎町だ」
「知ってたの?」
「知らないよ。何となくそう思った」
「どういうこと?」
「詳しく説明したいけど、今日はもう疲れた。明日話すよ」
「ちょっと待ってよ、何で分かったの?どういうことよ」
三棚井は向島の喋っている途中で通話を切った。ついでに電源も切った。そのままソファに身体を投げ出して目蓋を閉じた。三棚井は出逢った頃の向島の顔を思い出そうとした。しかし、輪郭は浮かぶものの、目鼻や口、耳の形など細かい部分が浮かんで来ない。でも、とにかく可愛かったはずだった。輪郭からはその可愛さだけは、窺い知れる。しかし、細かい部分となると、どうしても描けない。
「可愛かったはずだ。可愛かったはずだ。可愛かったはずだ」
三棚井は三度呟いて眠りに落ちた。
翌日、目を覚まして、投げ出した携帯電話に電源を入れると、メールが二通と留守番電話が三件入っていた。メールと二件の留守電は向島からのもの。残る一件は下尾辻からのものだ。向島からのメールの内容は、
『ちょっとどういうことなのよ!電話ちょうだい!メールでもいいから連絡ちょうだい』
『明日(日付変わったけど)起きたら連絡ちょうだい。こっちからも連絡するわ』
というものだった。留守番電話は
(一件目)「もう、どうせ電話に出ないんでしょ。メール打とうかと思ったけど面倒だから、留守電に入れておくわ。歌舞伎町のライブハウスの楽屋で、久坂さんは見つかったの。瀕死の状態でね。状況はまだ詳しく分かってないけど、自殺を図ろうとした…」
(二件目)「途中で留守電切れたわ。さっきの続き。自殺を図ろうとしたみたい。薬か何かを飲んだみたいなのね。とりあえず病院に担ぎ込まれて、ピカンテの話は聞けないみたい。また明日」
三件目の留守電は今朝の入電で、下尾辻からのもの。
(三件目)「え~、三棚井さんの携帯電話ですか~?下尾辻でございます。これ聞かれたら、署までお電話下さい~。以上です~」
と入っていた。三棚井はどちらに先に電話をしようか迷ったが、向島に先に掛けた。
作品名:オルコンデリート(後編) 作家名:佐藤英典