オルコンデリート(後編)
「これは、これからの捜査で明らかになることかも知れないのですが、久坂さんはバンドにお金を無心していたのではないかと思うんですが。そういう形跡は見つかっていますか?」
下尾辻は細い目を見開いた。
「ほほ~、鋭いところを突いて来ますね。ですが、残念ながら、まだそこまで捜査は進んでいません。なぜなら、久坂さんがまだ容疑者と決まった訳ではないですから~。残念です~。しかし、その可能性は十分に考えられますね~」
三棚井は向島を見て頷いた。
「三棚井さん、あなたはなかなか洞察の鋭い方ですね~。仮に、久坂さんがバンドに、持ち出しでお金を工面していたとしたら、今回の事件をどう観ますか?こちらからお尋ねをして恐縮ですけど~」
下尾辻は三棚井の考えに耳を傾けた。
「え?ええ、そうですね。昨日、DVDとブログを見ていて、すごく強烈に感じたことがあったんです。久坂さん、本当にピカンテが好きなんだなって思いました。それはもう、ただ好きとかっていうレベルではないんですね。恐らくピカンテに関する知識と情熱は、本人たちよりもずっと大きいものだったと思います。特に、楽曲に関する理解の深さは、作曲者の比留間に次ぐものがあったんじゃないでしょうか。
実は、久坂さんのブログを読んで、俺もピカンテの音楽の世界観を詳しく知ったのですが、ピカンテはデビューからずっと一貫した世界観を、音楽を通して表現していたんです。彼らの活動そのものが『物語』になっていて、アルバム一枚一枚はその章立てだったんですよ。第一章のアルバム、第二章のアルバムと言った具合です。久坂さんのブログは、その章立てになったアルバムのストーリーを解説するものでした。曲は一曲一曲がエピソードになっていて、伏線を張ったストーリーがいくつも展開してるんです。解説なくしては理解出来ない音楽ですね。
そして、そのエピソードに登場する人物、総勢約二百人についても、ブログの中で説明されています。登場人物の名前、年齢、職業、性格等々、曲に書かれていない設定も、全部解明しています。恐らくマネージャーになったのも、マネージメントする目的よりも、この彼らの世界を理解するための術だったのかも知れません。ピカンテの世界観を理解しようとした久坂さんの姿勢は、努力と言っても良いでしょう。久坂さんは、ピカンテが表現し続けるために、自分の出来る努力は惜しまないつもりだったんじゃないでしょうか。それで先ほど、お金を無心したんではないですかと聞いたんです」
下尾辻は目を閉じて話を聞いている。向島は口を半開きにしていた。
作品名:オルコンデリート(後編) 作家名:佐藤英典