オルコンデリート(後編)
「思い出に浸ったから、もう思い残すことはないって自分も死のうとしたのかしら」
「そこまでは分からないけど、見納めのつもりだったんじゃないかな」
「そう。なるほどね。あるわよ、昔に帰りたいみたいな気持ち。結婚当時に帰りたいみたいな気持ちでしょ。あるわよ。誰にでも。でもそんなに大切な存在なら、どうして薬物混入なんてことをしたのかしら。ずっと傍に居られること自体、とても幸せなことだと思うんだけど。それからカメモトに関しては、どうなのかしら」
「そうなんだ、この仮説は、殺意があったという前提でしか成り立たない。カメモトのことは不明だ」
三棚井はコーヒーに一口付けて、何かを喋ろうとして喋ることを止めた。
「何?何かほかに気付いたことがあるの?」
「いや、何でもない」
「何よ?」
「う~ん、いや、何でもないよ。ここで話しても仕様がないことだから」
「何?」
「署に行った時に話すよ」
「何なのよ、あなた。気になるじゃないの。」
「確信がある訳じゃないんだよ。署に行って、直接刑事の口から聞いてみないと」
「もう~、あなた、ホントに面倒臭い。面倒臭すぎる。何なの、その面倒臭さは、どこからそんな回りくどい思考が湧いて来る訳?昨日といい、今日といい。いい加減にしてよ」
「悪かったって。早く解明したいから署に行こう。もうすぐそこだ。五分、いや、三分歩いたら分かるから。はい、行こう。すぐ行こう」
三棚井は灰皿のタバコを揉み消して、向島の腕を取って署に向かった。向島は額の下に青筋をピリピリさせて、三棚井に腕を引っ張られて歩いた。
「お早いお着きでしたね~、助かります~」
署に着くと、予定の時間よりも早い二人の到着を下尾辻は歓迎した。
「すでにご承知かと思いますが~、昨日、久坂日見湖は新宿で発見されました。五名に使ったのと同じ砒素系の薬物を摂り、倒れていたところを発見されたんです~」
下尾辻は久坂が発見された時の様子を詳しく説明した。
作品名:オルコンデリート(後編) 作家名:佐藤英典