かいごさぶらい<上>テレビ&「さびしいねん」
「さびしいねん、にいちゃん、もうちょっと、おってぇな~」と、母が私を止める。まだ6時半、今日は7時に起きよう。
「ゆうてるやんかー、わからんのかいなー!」寂しいねん、その(2)
2005/7/26(火) 午後 0:28
某月某日 不安になる。認知症の症状の一つである。母と私は30年以上、供に暮らしている。数分私が見えなくなると、母は、私を探し始め呼ぶのである。
「どこいっとったん?よんでるのにっー!」と、母がむくれている。この時の母の眼孔は鋭いのだ。
「うん、おトイレやんか、どうしたん?」母と、目を合わせないようにする、小心者の私。
「これな~!、しょうと、おもうてんねんけど、どうしたらえ~かな~」悠然と構えて、言もなげに。
「貸してみぃ、僕がしたるから~」母に乾いた洗濯物を畳んでもらっていた。私の普段着だ。
「ややこしいねん、たたまれへん、にいちゃんできるやろ~!」
「こうやってな、こうしたら、え~ねんで!」と、私も上手くはないが。折り畳んで母に見せた。
「うわー、やっぱり、にいちゃんや、かしこいなー、どうしょうかおも~うてん」
「こっち、やってぇ~、これ出来るやろ~」と、別の洗濯物を母に手渡す。
「あたりまえやっ!できるわー!」
「ちょっと、仕事片付けてくるからな、やっといてな~」
「あいよ~」タオル、靴下、母の普段着、下着類等。自室でパソコンの前に座るやいなや。
「にいちゃん、にいちゃん、はよきてー」
「直ぐ行く、ちょっと待ってな~」
「なにしてんのん、はよこんかいなー、でけへんやんかーっ!」洗濯物と格闘する母。
「僕の部屋に行くって言うたやろ~、直ぐそこにおったやんか、どないしたん?」
「きいてへん、なんにもいわんと、ほったらかしにしてー」
「う~ん、、、、、、、、」これが、母の世界だ。
「さびしい、ゆうてるんやんかー、わからんのかいなー、」(アホーと、言われなかっただけましか)。
一時も目が離せないのだ。声をかけながら、やれば良い事なのだが(凡人の悲しさを痛感する)。
「どこいくのん、こっちこんかいなっ!」寂しいねん、その(3)
2005/7/27(水) 午後 0:49
某月某日 月から土曜日まで、デイに行くのは、やはり母には堪える。それで、ケアマネさんのアドバイスを受け木曜日は、ヘルパーさんを我が家へ派遣してもらうことになった。その当日。
「なにごそごそ、してんのん!」母の感覚は鋭い。私が少しでも何時もと違う行動をとると察知するのだ。
「うん、今日はな~、学校休みやねん」ティシュで散らかった母の寝床を片付けながら。
「へぇ、やすみか~、ほんだら、イエかえろうか?」予想していた、母の返事。
「ちゃうねん、此処へな、ヘルパーさんが来てくれはんねん」
「なんで、そんなことなったん?」疑わしそうに、私を見る。母の身構えは完璧だ。
「僕は、仕事いかなあかんやろ~、お袋ちゃん一人になられへんやろ~、それで、代わりにヘルパーさんが来はんねんや~」何とも、間延びした返事だ(我ながら情けないわ)。
「そんなこと~?、しらんかった~、だれがしたん?」追求も的確で急所をはずさない。
「00さん(母のケアマネージャーさん)がな~、毎日学校やったら、お袋ちゃんが疲れるから、休みくれはったんやで~」と、交わそうとするが。
「やすめへんわー、がっこういくわーっ!」完全に、見透かされている。
「そやからな~、今日はいっぺん休んでみぃな、家でゆっくりしたらえ~ねん」
「にいちゃんどこいくん?」的を射た、鋭い母の一言。
「うん、会社いかなあかんやん」
「わてもいくわ~」納得するまで追求の手をゆるめない。母が武道家なら、私は「まいったー」と、土下座しなければならないだろう。返す言葉に詰まったその時。
「う~ん、、、、、、、、、」ピンーポーン、とチャイムが鳴った。
「ああー、来はったー、ヘルパーさんやでぇ!」援軍だ(正直ホッとする私)。
「00さん、おはよう御座います。ヘルパーの00です」
「おはようございます、ヘルパーさんかいな~」
「じゃ~よろしくお願いします」
「00さん、お兄ちゃん行きはるよ、いってらっしゃ~い」
「わてもいく、どこいくん、こっちこんかいな、さびしいやんかーっ!」と、母が最後の一撃を食らわせる。逃してなるものかとばかりに母が座椅子から立ちあがろうとする。
と、ヘルパーさんが。
「お兄ちゃん直ぐ帰ってきはるから」となだめる。
私は「お袋ちゃん、直ぐ帰るからな~」と手を振り足早にドアに向かう。母の怒声を背に浴びて。
「きいてへんわ!、どこいっとったん!」寂しいねん、その(4)
2005/7/28(木) 午後 1:36
某月某日 母のような方を介護用語で「見守り介護」と言うそうだ。デイのヘルパーさんらの大変さが心底良く分かるのだ。
「お袋ちゃん、ちょっと、部屋片付けてくるからな~」と、声をかけて母から離れた。
「あいよー」この愛想の良い返事がくせ者だ。
「ね~さん、ね~さん、どこやー!」ほんの2~3分でこうなるからだ。今は私は姉になった。
「此処やで~、直ぐいくから、もう、ちょっと待っててや~」
「はよ、こんかいなー、なにしてんのん、もうーっ!」
「此処やんか~」自室から顔を出し、リビングで呼んでいる母に廊下越しに顔を見せる。
「そんなとこで、なにしてんのん?」
「うん、部屋かたづけてんねんやんか~」
「きいてへん!、ほったらかしてーっ!」
「もう、終わるからな~、もうちょっと待っててな~」
「なにが、おわるねんなー、はよ、こんかいなー!」そりゃそうだ。何が終わるのかは、母には何の関係もない。
「此処やんか~、何処へも行けへんよ~、直ぐすむからな~」
「もう、イエかえりたいねん!」
「分かった、わかった、直ぐ、いくから~」こんなやり取りをしばらく続けると。
「わて、かえるわーっ!」母のしびれが切れた。座椅子から立ち上がろうとする母を見て慌てて、リビングへ。
「もう、片付け終わったから、一緒にテレビでも見よか~」と、ご機嫌取りに急いで母の元へ駆けよる。
「しらん、さびしいゆーてるやろー、きいてへんわ!、あんた、どこいっとったん!!」と母が、私を睨む。デイ施設の方々のご苦労が、想像出来る。
「でたのに、なにしてんのん、はよ、こんかいな!」寂しいねん、その(5)
2005/7/29(金) 午後 0:59
某月某日 「忘れてしまう」ことからくる、いいしれぬ不安感(本人にも分からない、深い不安)が認知症の悲しい症状の一つだ。介護する人は、それがどのような形で現れても自然に、受け止め、受け入れること(それを理解しなければならないこと)だと、私は思う。
「おトイレか?」母がごそごそしている。
「うん、いきたいねん」
「はい、行きましょか~」
「つれていってくれるん、うれしいぃ」
「ゆっくりやで~、慌てんでえ~からな、直ぐ、そこやから」
作品名:かいごさぶらい<上>テレビ&「さびしいねん」 作家名:かいごさぶらい